黒薔薇姫の甘い棘 | ナノ

プロローグ

 花屋の息子。そんな肩書きを持つ少年蓮見 紫苑は、花言葉に詳しい事以外はなんら変哲もない普通の少年だ。
 勿論普通に高校に通い、普通に授業を受け、普通に帰宅する、そんな普通の少年。
 他人と違うところと言えば、強いてあげるとすれば帰宅後の過ごし方が花屋のスタッフとして働くことだろうか。

 そんな彼が"彼女"に出会ったのはおよそ一年前のことだったのだと思う。
 当時一年生だった彼はやっと慣れつつある通学路を辿り、自宅である花屋「フラワーショップ ハスミ」の店先へとつく。
 其処に客がいることは別に珍しいことではないのだが、その日は少し様相が違った。


「やっぱりないわねー…」


 残念そうに呟く客は、常連の主婦のような明るい雰囲気を纏うわけでもなく、たまにくる老夫婦のような優しい笑顔を浮かべるわけでもない。
 その様子を形容するならーー気品あふれる、という言葉が一番しっくりくるのだろう。

 パーマのかかったロングヘアに、前髪は黒い薔薇のヘアピンで右側に止められている。目は日本人とは思えないような赤い瞳。それこそ、レッドローズのような色。
 服装は奇しくも、紫苑が通うことになった夢見が丘高校の女子制服ブレザー。胸ポケットには黒い薔薇のブローチをつけ、腕には黒い薔薇のブレスレットといった黒い薔薇尽くし。
 ゴシックロリータでも着せたら人形にでも見えるであろう白い肌に黒い薔薇は映え、彼女の気品に神秘的な要素も加えていた。


「……っ」


 思わず、息を呑む。あまりの美しさに見惚れてしまっていたことに気づいたから。
 制服を着ているということは間違いなく同年代なのだろうが、その妖しい美しさは歳上に魅せ、その可愛らしい顔立ちは幼くも魅せた。


「……あら?」


 少女のレッドローズが紫苑を捉える。射竦められたように、紫苑はその身体を強張らせてしまう。
 しかし戸惑ってばかりもいられない。何故なら彼女は「フラワーショップ ハスミ」のお客さまなのだから。
 スタッフとして、彼女に話しかけるべく歩みを進めた。


「こ、こんにちは。えっと……俺はこのハスミのスタッフなんですけど。なにかお探しですか?」

「……うふふ」


 少女の含んだ笑い声に、思わず紫苑はたじろぐ。
 いったい何だ?
 そんな考えを脳裏に過ぎらせた瞬間に、少女は紫苑の手をガシッと掴んだ。


「へ!?」

「いいの、見つけたわ。私の王子様……」


 ええええ何だこの電波展開!?
 戸惑う紫苑を余所にウットリとした瞳で少女は続けていく。
 シオンの花の天使がついているだとか、蓮華の花の守護があるだとか、電波ワールド全開の言葉が少女からマシンガンの如く放たれるが生憎紫苑には何一つとして耳に入ってこない。入ってくるわけがない。
 混乱し困り果てた紫苑の口をついたのは、最もな問いかけだった。


「ま、待ってください! えーっと、あなたはいったい?」


 そんな紫苑の問いかけに、少女は一瞬困ったように眉をハの字にしてしまった。
 困ったのはこっちだ、と心の中で悪態をついたが、瞬間、少女は満面の笑顔を浮かべながら手を離し綺麗にお辞儀をしてみせながら、その流麗な動きをしたこの少女から発せられた言葉とは思えない事を口にした。


「私は黒薙 舞華。黒薔薇から生まれた黒薔薇姫よ」





 ーーこれはこんな奇妙な出会いから始まった、少し苦く少し甘い、「戦い」の物語ーー……。

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