小説 | ナノ


※パペットの眠る果て

『パペットの行き先』同ヒロイン


最近、あの夢を見なくなった。あの、恐くて苦しい夢を。なんだか、それが少しずつあの人から解放されている気がして、最近は体調も良くなってきた。

「本当に大丈夫か?」

「うん。最近は凄く気分がいいんです」

「そうか…けど、なんかあったら連絡しろよ。直ぐに飛んでってやるから」

「ありがとうございます、静雄さん」

自宅の鍵を閉めつつ、いつもの部屋着とは違う真新しい服に身を包んだ梓紗の頭を撫でる。年頃の女の子らしい服は、セルティが選んだものだが梓紗に凄く似合っている。お伽話風に言うならば、梓紗の為にデザインされたような服…ということになるだろうか。

「俺はもう仕事に行く。携帯ちゃんと持ってるな?」

「持ってます。もう、静雄さん今日で五回は訊いてますよ」

「心配なんだよ。本当は送ってやりてぇけど…」

「大丈夫です!帝人君達との待ち合わせも、直ぐそこですから。お仕事、頑張って下さい「

「あぁ」

「静雄さん、行ってらっしゃい」

「…行ってきます」

口角を上げ、柔らかな微笑みを浮かべる。軽く梓紗の頭を撫で、仕事に出掛ける。
静雄の姿が見えなくなるまで見送ってから、待ち合わせ場所へ向かった。

***

「うん、大丈夫です。風邪、早く治るといいですね」

電話の向こうで申し訳なさそうに謝る帝人との電話を終え、二回目となる通話終了ボタンを押す。軽めの溜息を吐きながら、電話帳の中の名前を押した。

「あ、もしもし。正臣君?」

[おやおや〜?愛しの梓紗ちゃん!君が俺に電話なんてどうしたんだい?]

「今日の約束のことなんですが…帝人君は風邪、杏里ちゃんは急用で来れなくなってしまいました」

[じゃぁ梓紗ちゃん俺とデートでも]

「お気遣いありがとうございます。でも、皆で一緒にお出掛けしましょう。今日はとりあえず中止ということで」

[残念だな〜。しかし、麗しい梓紗ちゃんがそう言うのなら仕方ない。俺はいつでもデートOKだから宜しく!]

「フフッ、はい、分かりました」

切れた電話に寂しさを感じながらも、携帯を鞄にしまおうとした時、風を切る様な音が聞こえ同時に肩に掛けていた鞄が落ちた。

「え…?」

ザワリとしたナニかが心の中でざわめき出す。まるで、危険を知らせる様にざわざわざわざわと。油断し切っていたのだ。暫くあの夢を見ていなかったから。だから、油断していたのだ。決めつけていたのだ、大丈夫だと。自分は知っていた筈だった、この感覚を。蛇のように静かに忍び寄り、水のように少しずつ入り込み、そっと首元に手を掛け飲み込もうとする、飲み込まれていく。それが――

「久し振り、梓紗」

凄く恐くて

「い、ざ……や…」

どうしても逃げだしたくて

「会いたかったよ、梓紗。シズちゃんに君を盗られてからもう半年になるかなー?いやぁ寂しかったよ、この半年。梓紗の美味しいコーヒーも飲めないし、毎日毎日食べるのは波江さんの料理だし? もう梓紗に会えなかった時間ずっとずっとずっと俺は寂しかった。寂しくて悲しくて、どれだけ君を迎えに行こうとしたことか。あぁ、シズちゃんを本気で殺そうともしたなー。君は幸せだねー、セルティにも新羅にもシズちゃんにもドタチンにも、他にも帝人君とか紀田君とか、み〜んなから護られて。おかげで迎えに来るのが遅くなっちゃったよ。駄目だろ?梓紗。ずっと言ってたけど、君は俺以外から護られちゃいけない。俺以外に愛されちゃいけない。君を護れて、愛せて、幸せに出来るのは俺だけなんだよ。君は俺から逃げられない。俺から離れられない。ずっとずっと一緒だよ」

恐い、恐い、恐い、恐い、恐い。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
恐い恐いこわいこわい嫌だいやいやだ。

「ほら、おいで梓紗」

いやだ!!!

逃げる。逃げる。固まっていた脚を動かして、振り向かずに無我夢中で。走って走って走って走って、人混みを掻き分けて、走り続ける。無意識に、無自覚に、だから気付いて居なかった。自分が走りながら近づいている場所を。そして気付いた時には遅かった。周りに人は居ない、あるのは無機質な壁ばかり。彼と居た時の癖だった、何かあれば直ぐ人気の居ないところへ逃げてしまう。そしてその癖は、まだ治っていなかった。

「あ、ぁ…」

「だから言ったでしょ?俺からは逃げられない、離れられないって」

後ろには壁、右にも壁、左にも壁、壁、壁、壁。壁で囲まれた空間。目の前には、あの男。

「あ、そうだ梓紗。携帯、落としてったよ。全く、こういうのはちゃんと持ってないと駄目だろ?まぁこれは俺があげたヤツじゃないから、いいんだけど!」

ぐしゃという音がして、あの人から貰った携帯が踏み潰される。希望が絶たれ、絶望が支配していく

「ちなみに、シズちゃんとセルティと新羅とドタチンはお仕事。オタク二人はお出掛け中。運転手はアイドルのライブ。帝人君は風邪に杏里ちゃんは用事。唯一の暇人紀田君はお家でお昼寝中。だーれも、君の状況を理解出来ない、認識出来ない。そして君が居なくなる事も、誰にも分からない。そして俺はまた、君との幸せな生活に戻れるんだ」

足が竦む。地面に尻を付いたまま、立ち上がれない。身体が戦慄く。声が出ない。逃 げ ら れ な い 。

「さぁ帰ろう、梓紗。俺がまた愛してあげる、今まで以上に、もっと深く、深く」

助けて、助けて、助けて、助けて、お願い、誰か、助けて。静雄さんセルティさん新羅さん京平さん――誰か誰か誰かだれかだれかだれか!!助けて、たすけて!!

た……け…

目の前が、真っ黒に染まった。


Falls into darkness engulfed the Devil
(誰か、助けて)(愛してあげる、何も考えない様に)

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