※焼いた穴に、愛を埋める
※炎で焼かれる描写があります。
「俺はセプター4に入る」
彼は、安らかな顔で淡々と、未練など微塵も感じさせず――
「お前も、一緒に来るだろ」
当然の如く、手を差し出し、私がそれを掴むのを待った。
「猿…比、古」
私は――
「ごめん…私、吠舞羅を捨てられないよ…」
彼を、拒絶した。それが、
「梓紗」
“彼を狂わす、スイッチと知らずに”。
「俺とは…来られないのか?」
「…ごめん…ごめんね」
「…そうか」
俯いていた顔に手がかかり、上を向かせられる。嫉妬深く、束縛の強い彼が、どんな顔をしているのか恐ろしくて堪らなかった――しかし彼は、いつもの、私にだけ向ける優しい笑みを浮かべていた。
「猿比古…?」
「梓紗」
「お前は、俺のものだよ」
「猿てめぇ!!梓紗に何してんだよ!!」
「梓紗ちゃん!しっかりしぃや!十束、救急車や!!」
「もう呼んだよ!早く、応急手当てを!!」
いたい、いたい、いたい。猿比古、どうして…なんで。
「梓紗」
「誰よりも、お前を愛してるよ」
歪んだ笑みで、彼は愛を囁いた。
***
薬品のにおい――身体は酷くだるく、感覚も朧なのに、焼けるような熱が片方の目から発せられている。
「梓紗ちゃん…気ぃついたか」
「俺、先生を呼んでくるよ」
「頼むわ、十束」
視野が狭くなっている気がする――目は未だに熱くて、まるで炎が直接目に触れているようだ。
「気分はどないや?…って、えぇわけないな。梓紗ちゃん…自分で、何となく分かっとると思うけど…目、もう見えんそうや」
「伏見の炎で、“完全に焼かれとる”。目の虹彩なんかも、全部ダメらしいわ」
「せやけど安心しぃ。医者が言うには、移植ができるそうや。移植したら、前と同じとはいかへんかもしれんけど、ちゃんとまた見えるように――」
何もされていない、残った目から涙が零れる。まるで堰き止める壁を失ったダムのように――溢れて、溢れて…止まらない。
猿比古…。
「梓紗…ちゃん…」
熱い、熱い。これは、炎の熱なんかじゃない。感じる――これは彼の愛だ。離れる私に、彼が埋めた愛の熱。これは、彼の愛の証。
「っ、ご、めん…」
幸せだったのに――この間まで、普通に笑って普通に過ごしていたはずだったのに。
「う、えっ…」
崩れてしまった・ずれてしまった・狂ってしまった・歪んでしまった・壊れてしまった・戻らなくなってしまった――こわく、なってしまった。
「さる、ひこぉ…」
愛してるのに、こわくてたまらない。あんなにも好きだったのに、今だって好きなのに…。
『誰よりも、お前を愛してるよ』
それはナイフとなって、愛する者を突き刺した。
(彼の言葉が・笑みが――私のすべてを抉り取る)
更新:13/03/26
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