小説 | ナノ


最初で最期の『ありがとう』

問いていた。自分の産まれた意味・存在する意味。人間とは言い難い私が産まれた理由を。
人間が用いる五感のうち、味覚・触覚・聴覚・嗅覚――要するに、視覚以外の感覚を持たない人間とは言い難い人間、それが私。
しかし、私の感覚は、感覚がないわけではないらしい。肉体状態は正常であり、神経系に異常は一切見当たらず脳にも障害はないとのことだ。というより、肉体的異常の前に、私は産まれたその瞬間から可笑しかったようだ。
本来、人間の赤ん坊というのは、母体から外へ出された際に、酸素を求め激しく泣き声を上げるのだが、私にはそれがなかったそうだ。いや、なかったと言うよりは『出て』いなかったの方が正しいだろうか。
涙は出ていたらしい、普通に産まれたらしい、泣いていたらしい――ただ『声』が出ていなかった。泣いているように見えて、酸素も取り込めているようだった、しかし泣き声が出ていなかった。
声帯に異常はなかった。正常だった、しかし異常だった。何もかもが正常であったにも関わらず、異常だった。視覚のみの世界で、他は異常だった。何も聞こえない・何も感じない――こんな私は、やはり、人間ではないのだろうか。



[いや、君は人間だよ]

本当に?

[本当に]

何も聞こえないし、何も感じられないのに?

[んー、ちょっと違うな。君は、ちゃんと聞こえているし、ちゃんと感じているじゃないか]

どういうこと?

[君は耳で直接聞くことはできない。だけど頭で間接的に聞くことはできる。感じることも同じ。君は感じられないんじゃなくて、感じるのを知らないだけだよ。いつか、知ることができるさ]

でも……聞くのは、白蘭さんじゃないとできないわ。

[いつか、皆の声が聞こえるよ]


異常だらけの私は、産まれた時からずっとこの白い部屋にいる。両手首に・両足首に枷を付けられ、起き上がることもできない。けれど、触覚が機能していない私は、枷を不快に思うこともなく精々退屈さのみがあった。
看護婦が定期的に現れることを除き、人を見ることのなかった毎日。そんな時、私の前に現れたのが白蘭さん。彼は、『私』と会話ができる唯一の人。

[やぁ、こんにちは。調子はどうかな?]

こんにちは。今日も、何もないよ。いつもと同じで。

[それでも、君が元気なら良かったよ]

……白蘭さんは、天使みたいです。

[え?天使?僕がかい?]

うん。だって、白蘭さんは死ぬだけだった私に、死ぬしかなかった私に話すことの楽しさを教えてくれた。耳も口も役に立たない私に、声を掛けてくれた。貴方が色々なことを教えてくれるおかげで私、色々な夢が見られるようになったんです。貴方は、私に幸せをくれた天使です。


たくさんの夢。それは良いものばかりではなくて、時には怖いものもある。けれど、そんな恐怖も、夢を見れることの嬉しさに比べたら小さなものだった。


[夢が僕のお陰かは分からないけど、君が喜んでくれるなら、僕も嬉しいよ]

[さて、じゃあ今日は何の話をしようか]

ああ、貴方がいるから、私は今生きるのです。



今日は、いつもより空が綺麗だった。白い雲が、青い空を流れ、太陽が柔らかく照らす、気持ちのいい日だった。

「[気分はどうかな?]」

彼が、頭と聞こえない耳に声を掛ける。彼は、いつものように笑った、数人の『部下』を連れて。

「[どうして、とか思ったりするのかな?するよね。どうして急にこんなことをするのか、君には分からないよね]」

彼は言う。私を縛るベッドから少し離れたところで、『部下』に囲まれる私を見ながら。

「[理由は君の眼だよ。視力以外の身体的感覚を代償に、過去・未来・事象、ありとあらゆるものを見通す眼『千里眼』君が見ていた夢は、千里眼が見た事象だったのさ]」

千里眼で見たものを喋らないように、声も失うんだけどね。彼は笑う。変わらぬ笑顔で、天使の笑顔で。

「[僕は君の眼が欲しいんだ。千里眼は、能力者に近い者に関係した事柄見せやすい。君に近づいたのはそれが目的。大丈夫、痛くはしないよ]」

「[大人しく、その眼を僕に捧げるんだ]」

「[元から機能していない身体で、意味のない命だ。今更どうなっても、心残りはないだろ?]」

彼が首を動かせば、『部下』が持っていたトランクからいくつかの『道具』を取り出す。アイスピックのような、先が細い針のようなものがついた物。
『部下』に頭を押さえられ、瞼を大きく開かされる。真っ直ぐ、『道具』が迫ってくる。

「君は実に面白い子だったよ。まぁ、普通に言ったところで、君には聞こえないだろうけど」

白蘭さん、白蘭さん。伝えなきゃ、伝えなきゃ。

「あ、りが、とう   さよ、なら」

ありがとう、ありがとう――たった一人の、私の天使。


『視覚』が消え、私は何もなくなった。



最期(はじめて)の言葉。
(部下から渡された『眼』を持ち、彼女を見れば、)
(瞼しかない場所から、滴が流れていた気がした)

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