小説 | ナノ


心、それは積木の如く複雑


白、光、明るい、恐い、恐い、恐い。来ないで、来ないで、私は、私は此処に居たいの。
ソトへなんて、行きたくない。殺される、いや、ごめんなさい、殺さないで、私は、私は、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、



コツン、コツン。一定の音を立てながら、色取り取り形様々な積木が山になっていく。窓も無く、電気も無く、暗い室内を照らす唯一の小さな蝋燭。
そんな室内には、大量の積木の山が立ち、足元には積み上げられていない積木が散乱していた。

コツン、コツン。

蝋燭だけで照らされている淡い室内には、中学生くらいの少女と、学生服を身に付けた青年が居た。
二人の視線の先はお互い違うが、両者共に視線を一切動かさない。少女は積木から(虚無な虚ろな視線を)、青年は少女から(慈愛に満ちた優しい視線を)。微動だにせずただ見つめ続ける。

「梓紗。ほら、食事を持って来たよ」

室内の唯一の出入り口である扉がスライドし、眼鏡を掛けた優男が食事の入ったトレーを持ち入ってくる。
少女に見せるようにトレーを差し出すが、少女は視界に入っていないとばかりに積木を積み続ける。一旦トレーを置き、少女が積もうとしていた積木を掴んだ。

「梓紗、少しでいいから食べるんだ」

少女の前に回り込み、そっと少女の肩に触れる。瞬間、少女の虚ろな瞳が大きく見開かれた。

「いやぁぁぁああ!!!!!」

絶叫。悲鳴。先程までの虚ろな瞳は恐怖に染まり、小さな身体を戦慄かせる。肩に触れた男の手を思いきり叩き、両手で頭を抱え蹲る。
小さな身体はさらに小さく見え、痩せている肢体は折れてしまいそうなほど細い。豹変した少女に戸惑う男を見て、少女を見つめていた青年は妖しく笑うと少女に近寄りそっと抱きしめた。

「梓紗。大丈夫だよ、梓紗」

「あぁ、ぁ、っ、ぅぁ、あ、あぁ…」

「安心しな梓紗。恐いものは居ない、大丈夫だ」

青年が少女の背をそっと撫でる。暫く撫で続けると、不安定だった少女の呼吸が落ち着き始めた。

「兵部っ…」

男が苦しそうに青年の名を呟く。青年は男に挑発的な笑みで返し、少女をさらに強く抱きしめた。

「君もいい加減に理解したらどうだい?皆本君。梓紗は君を恐れている、君達B.A.B.E.Lを、君達普通人を。君に触れられるだけで、こんなにも怯えている。可哀想な梓紗」

まるで青年に縋るように青年の服を握る少女。男は、下唇を強く噛み締め、その光景を見ている事しか出来なかった。

「君の努力は認めてあげるよ、皆本君。毎日毎日梓紗に話しかけ、彼女の心を開かせようとする努力は認める。だけど君は無理だよ。君には梓紗の苦しみを理解出来ない。人は誰しも自分の中に気安く入り込むのは嫌がる。梓紗と同じ苦しみを、若しくは同じ立場の者にしか、梓紗の事は理解できない。ただの普通人で、超能力者でも無い君には出来ない。超能力者特有の迫害や利用される気持ち。それを君が理解するには、君も同様の苦しみを知る必要があるんだよ」

「確かに、僕は超能力者じゃない。迫害された事も、利用された事もない。だが!それでも僕は梓紗を護りたいと思っている!逆に梓紗を利用しようとしているのは、お前の方じゃないのか兵部!?」

男の言葉に、青年は嘲笑うかのように鼻で笑う。完全に落ち着いた少女を離し、青年が立ち上がる。

「馬鹿な事を言わないで貰えるかな?僕は君達みたいに自分達の欲と利益で動いている人間じゃないんだ。それに、たとえ僕が梓紗を利用しようと企んでいると仮定しても、梓紗を利用するなんて誰にも出来ないさ」

「どういう事だ?」

男の問いに、青年が室内の無数の積み上げられた積木の山を一つ崩す。そしてその崩れた山から積木を一つ手に取ると、男に投げた。

「梓紗の心はそれを同じなんだよ。梓紗の心は、正しく積木そのもの。一見綺麗に積み上げられては居るが、それにほんの僅かな衝撃、もしくは触れようとするだけで容易く崩れしまう。今僕がしたみたいね。脆く、弱い、それが梓紗の心。複雑に積み上げられた積木は、その全てが核となっていて一つでも取り除けば壊れる。そんな梓紗を利用するのは、君のところの医者でも、チルドレンでも、僕でも無理なのさ」

そう言うと、指先を軽く動かし崩れた山をまた元に戻す。少女が積み上げたモノよりも、ずっと綺麗に整った形の山は、周りの山に比べどこか浮いたように積み上げられた。

「あんな風に簡単に治ったらいいけど、それが出来ないのが人間だ。一刻も早く梓紗に治って欲しいのなら、君達B.A.B.E.Lは手出しをしない事だね」

それだけ言うと青年はまた壁に寄り掛かり、また積み木を積み始めた少女を見つめる。自身の無力さに拳を握り締めながら、男が部屋を出た。

「子供な坊やだ」

くつくつと青年が笑い、一度寄り掛かった壁また立ち上がり少女に歩み寄る。少女の耳元で小さく名を呼べば、男の時とは違い少女が青年の方を向いた。

「君も彼が愚かだと思うだろう?エンジェル」

「愚か…?」

「いや、なんでもない。君は気にしなくていいよ」

少女を抱き寄せ、静かに目を閉じる。まるで二人の存在を覆い隠すかのように、蝋燭の火が消えた。



ブロック・タワー of マインド
(少女を救おうとする者は無力に嘆き、)(少女を護ろうとする者は優しく嗤う)

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