小説 | ナノ


常夏のある日

夏。快晴の夏。世界中の水分を、全部蒸発させるんじゃないかって思うくらいの夏。かんかん照りの夏。暑い、暑い、クソ暑い夏。いつものことだ、毎年のことだ。もう慣れた。しかし…しかし…だからと言って…この暑さはねぇだろ!!

気付いた時――もう意識は飛んでいた。

冷てぇ。そう思った時、いつの間にか自分の視界が暗くなっていること、そして自分の身体が心地いい具合に冷やされている事に気付いた。まるで、身体を丸ごと水の中に放り込んだ時のように――だが、服が張り付くあの不快感はない。例えるなら“冷気”。さっきまでの、あの蒸し蒸しとした暑さが嘘のように、今は心地いい冷気に包まれている。
静かに目を開く。だが、そこには何も見えなくて、身体の感覚が徐々に戻って来ると、顔に何かが被せられていた。同時に、身体の途轍もないダルさと、そのダルさを和らげるような冷たさが身体中を包んでいた。

「あ、隊長。気がつきました?」

「……梓紗」

身体のダルさに顔を歪めていると、扉の方から知っている声が聞こえた。目だけを動かし、視線を向けると自分の予想した通りの人物が居た。

「身体の具合はどうですか?隊長」

「…少しダルい……それと、梓紗」

「はい?」

「敬語と…名前」

「あ…つい癖で。ごめんね、冬獅郎」

僅かに苦笑しながら、日番谷の寝ているソファに歩み寄る。机に持っていた水桶を置くと、日番谷の頬に触れた。

「んー、やっぱりまだ熱い。冬獅郎、あんまり頑張り過ぎちゃ駄目だよ。今の時期だと、ちょっと籠もっただけでも熱中症になっちゃうから」

言いながら、額に新しく濡らした手拭いを乗せる。一緒に、沢山の氷を布で包んだものを首の後ろに当てた。

「冷た過ぎない?」

「いや…大丈夫だ」

「良かった」

日番谷が眠っている間に使っていたらしき、殆ど融け掛けている氷を片付けながら、まだ終わり切っていない書類に筆を滑らせる。時折、手拭を冷やしてはまた書類を片付ける。そんな梓紗の様子を見つめながら、眠りにおちた。


日番谷が目を覚ますと、辺りは一面夕焼け色に包まれていて、昼型のあの暑さが嘘のように涼しい風が吹き渡っていた。

「…もう夕方か」

長く同じ態勢で眠っていた為か、凝った首を解し軽く伸びをする。大分無くなったダルさに暫しぼうっとしていると、近くで何かが動いた。

「梓紗…」

近くのソファで、両膝を抱えるようにして横になっている梓紗が、風に吹かれて少し肌寒いのか時折身を捩る。それを一瞥すると、日番谷は着ていた隊首羽織を脱ぎ梓紗に掛けた。

「まさか、ずっと仕事してたのか?」

自分が眠ってしまう頃にはまだ山のようにあった書類が、今は無くなっている。部屋のどこを見ても見当たらず、さらには誰かが訪れた形跡も無いことから、あの書類を全て一人で片付けた事になる。それほどにまで自分は眠りこけていたのかと思うと、気恥しくなってきた。

「隊長が、情けねぇな」

軽く苦笑しながら、梓紗が眠るソファの傍に膝をつき頭を優しく撫でる。そのまま少し身を乗り出し、穏やかに眠る頬に唇を軽く触れさせた。

「ありがとな、梓紗」

「ん…どう、いたし、まして」

「寝言かよ」

小さな額を軽く小突くと、梓紗の片方の手が伸び、日番谷の手を握った。それに一瞬だけ驚いたが、直ぐに梓紗以外の前では絶対に見せない優しい笑みを浮かべた。

「明日、現世の海にでも連れてってやるか」

夏は嫌いだ。とにかく暑いし、その所為でやる気も無くなって仕事も進まない。だが、偶にはこんな日も、

「悪くねぇな」


常夏の違う日
(傍らで眠る彼女が、幸せそうに笑った)

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