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距離感


「政府から総会議の招集が来ました」

それは今朝届いたものだった。
月に一度あるもので、先月初めて行った名前は今回二度目の参加となる。
広間に集まった現在本丸にいる刀剣たちに事の顛末を伝えた。

「前回刀剣男子を連れて行かなかった時は叱られてしまいましたので、今回は一人ご同行願おうと思います。よろしくお願いします」

そう、前回は名前一人で行ったら、何故連れて来なかっただの、書類には一人同伴させるように書いてあった筈だのと、いろいろ会議が終わったあと説教された。
名前は平謝りしながら、大人はこれだから面倒くさいのだと、内心ウンザリした。

「はいはい!俺が一緒に行くよ!」

近侍である加州が即座に手を挙げて立候補してくれた。
加州は名前が本丸にやってきたときから一番に主として受け入れてくれた刀だった。
名前もそんな加州が好きであったし、心を開ける一人でもあった。
だが、今回、名前はすぐに首を縦に振らなかった。

「あ、すみません、加州。行く人は既に決めていて……」
「え!?俺じゃないの!?」
「はい」

加州は見るからに可哀想なくらい残念がっていた。
名前が喜んで受け入れてくれると思っていた分、加州の落ち込みようも大きいのだ。
けれど、「あの場」に彼は連れていけない、そう名前は考えていた。

名前の言った既に決めているという言葉に刀剣たちはざわついた。
一体誰を連れて行くのか、短刀か、三日月か、色々な憶測が広間に流れる。
名前はその話し声を気にせず、相手に顔を向けてその名を告げた。

「鶴丸様、同伴をお願いいたします」
「……え?まさか俺に言ってるのか?」
「はい」

名指しされた鶴丸も、周りの刀剣たちも驚いた顔をしていた。
名前が本丸にやってきて一ヶ月少し経つ。
だが、未だに鶴丸は名前を好いていなかった。
名前がそう自ら自覚しているのと同様に、周りの刀剣たちもその事を暗黙の了解としていた。
だからこそ、この人選に皆戸惑っているのだ。

「ちょ、主!?なんで鶴丸さんなの!?あの人主のこと……!!」
「いいのです」

立ち上がって抗議の声を上げる加州の言葉を名前は遮る。
名前はあくまでもいつも通りの静かさを保っていた。

「だからこそ、鶴丸様にお頼みしたいのです」
「……」

名前の申し訳なさそうな笑顔に、加州は口を閉ざしその場に座り直した。
納得がいくはずもない。
自分の方がどう考えても名前が大好きで、名前を大事に思っていて、名前を誰よりも早く助けられる自信があった。
前の主とともに、何度か会議に参加したこともある。
不慣れな場所で心細いだろう名前を、自分なら守れると、そう思った。
敬愛しているからこそ、加州は歯ぎしりした。
そんなことなど考えず、名前は意識を鶴丸へ向けた。

「引き受けてくださいますか、鶴丸様」
「ああ、いいぜ」

こうして、名前と鶴丸は審神者の集う会議へ行くこととなった。
本丸を離れて、二人で歩いている道中、鶴丸は珍しく名前に話しかけてきた。

「まさかあんたが俺をご指名するとは思わなかったな、これには驚かされたぜ」
「……不服でしょうが、今日だけ、青二才のわがままをお許し下さい」

鶴丸としては、三日月に同伴を頼めばいいのだろうと考えていた。
横で俯きながら歩いている新しい主に、俺でなければ楽しい道中を過ごすことも出来るだろうにとさえ、思っていた。
嫌っている嫌われている、それをお互いにしっかり理解できている。

「……まあいい。あんたを嫌ってる俺を同伴させたいなんて面白いじゃないか。どういう風の吹き回しだ?」
「……あなたは、きっと同情しないと思いますから」

名前は鶴丸に悟られないように、顔を伏せるようにして、先を急いだ。
鶴丸は何を思っただろう。
本当に、自分でも笑ってしまうほど、名前のそれは安い自己防衛だ。
本当なら、燭台切や三日月を連れて行けばいいだけなのに、鶴丸を連れて行こうなんて、こんなのは名前の安っぽくてチンケなプライド以外の何者でもない。

そうこうしているうちに、会議会場についてしまった。
様々な審神者と刀剣たちが大門を潜り抜けていく。
近づく大門に名前は深く息を吸い込んで大門の敷居を跨いだ。
鶴丸の影に隠れるようにして受付を済まして、指定の席へ向かった。

「いつ見ても大層なもんだなぁ」

横について歩く鶴丸は、懐かしむように笑っていった。
名前はその様子を布越しに見ていると、自分には向けられない、新鮮な顔だと思う。
そんな端から、黒い声が聞こえてくる。

「ほらあれ、新入りよ」

「賎しい小娘だ」

「この前もあれの親が政府に金をたかっていたらしいわ」

「審神者の品位が落ちるな、全く」

「鶴丸なんて連れて、自分で集めたわけでもないのに」

「顔なんて一丁前に隠して、相変わらず陰気な」

「布の下はどれほど母に似て醜悪なんだか」

黒い声ばかりだ。
前回来た時とそう変わりはしない。
横にいる鶴丸は普通にしていた。

名前は、約一か月前に今いる本丸の主となった。
元々、その本丸には主がいたが、ある日本丸を襲撃されたことが原因となり、主は死んでしまったのだ。
大きな被害を受けた本丸に、新たに主として派遣されたのが名前だった。

身も心も傷を負っている刀剣たちは、新しい主の名前に対してそれぞれの態度をとった。
受け入れる者、気に食わない者、傍観する者。
鶴丸は名前を好まなかった一人だ。

だから名前は彼を連れてきたのだ。
きっと加州なら主のために、この場で怒るだろうから。
これでいいのだ。
名前に関心のない鶴丸に付いて来てもらうことが、一番良いのだ。

「驚いたな。あんた、相当嫌われているんだな」

二人で席に座り、前方に視線を向けていた。
鶴丸は笑って、嫌味のように言ってきた。
鶴丸の黒い言葉に、名前は特に不機嫌になることもなく返した。

「嫌われるのは慣れています」
「へえ、いじめでもされていた口か」

いじめ、なんて可愛いものではないのだろう。
名前は第三者の立場に立って、自分の身の上を考える。
あれはいじめではない、ただの暴力だ。

「まあ確かに、主大好きの加州が来たらとんだ騒ぎだろうな」
「はい」

それから二時間ほど会議は続き、鶴丸は横でうたた寝をしていた。
驚きを求める彼にとって会議など至極つまらない、寝てしまうものなのだろう。
名前も寝てしまえるものなら寝てしまいたいと思った。
そうしてやっと長い会議も終わり、鶴丸もちょうど目を覚ました。

「鶴丸様、私とお話ししていただけますか」
「は?」
「……いえ、やはりやめましょう。しばらく座っていましょう」

私は顔を俯かせてじっとした。
鶴丸は名前の意外な提案に少し驚いて、思案に耽る。
目の前を通る審神者たち、後ろを通る審神者たちの悪意のある言葉を聞き流しながら、名前を見やる。

「いや、話すか。なにか驚きがあるかもしれないしな」
「……期待には添える自信がありませんが」

いいさ、と鶴丸は笑った。

「君はなんで顔なんか隠しているんだ」
「……顔を隠していないと落ち着かないからです」
「なんだそれ、面白い事を言うな」
「そうでしょうか」

変なのとかはよく言われたが、面白いと言われたのは初めてだった。

「なんで落ち着かないんだ?」
「昔から、マスクをしていて、今更取るというのが、居心地が悪いというか……」
「ますく?……ああ、あれか、風邪をした時にする布のやつだな」
「はい」

前の主もよく風邪を引いた時につけていたなぁ、と鶴丸は思い返す。
確かに目の前にいる少女は小さくてか弱そうだと判断する鶴丸。

「病気なのか?」
「いえ」
「俺は君が顔を隠すのが気に食わんな」
「……意外と直球ですね」

名前は俯けていた顔を上げて、ようやく鶴丸の顔を見上げた。
鶴丸は心の奥で、言葉にせずに嫌っている人物だろうと思っていた分、こんなにも素直に言われると逆に驚かされる。

「そろそろ打ち解けようと思ってな」

鶴丸はそう言ってまた笑った。
なんだか、その言葉が無性に嬉しく思った名前は、申し訳ない気分になった。
初めて向き合ってくれた鶴丸に、自分を隠すことが申し訳ないと思った。

「私は、自分に自信がないのです。私は醜いと思います。彼らが言っていたことは的を射ているから……だから、顔を晒すことが恥ずかしいのです」

もう会場にいる人も少ない。
そう思っていると、急に視界が鮮明になった。
視界に入るのは、真っ白な人だった。

「意外と、簡単に顔は見せてくれるんだな」

布越しではない鶴丸と、視線が交わる。
彼はイタズラが成功した少年のように笑って、また布を下ろした。
びっくりして、名前は顔を俯けた。

「醜悪には見えなかったがな、むしろ可愛い顔だった」
「そんなこと、初めて言われましたよ……」
「君に何があったかは知らないが、自信は持つに越したことはない。何せ、君は完成された本丸にやってきて一か月も頑張ったんだからな」
「……はい」

誰もいなくなった会議会場。
名前と鶴丸はようやく立ち上がって、出口に向かって歩き出した。

「ま、俺が隣にいるんだから会議の時は大船に乗った気でいればいいさ」
「鶴丸様は優しいですね」
「お、今更知ったのか?ははっ。あと鶴丸でいいぜ、主」
「……はい、鶴丸」

行きと違う、少し二人の間が縮まった帰り道。




 END.





2016.2.3



(補足という名の蛇足)
名前の親は、子に暴力を振るうような親だったという話。
マスクは、母の言葉を受けてするようになったという、そういう感じです。
管理人的には、鶴丸は名前を受け入れていない状態なので「君」ではなく「あんた」と言わせました。
布を捲るのをやりたかっただけでした、ではでは、お粗末さまでした。


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