春の願望 

徳川家康についてきて、関ヶ原で彼のライバルと刀を交えた。憎しみばかりが溢れている表情、折角の綺麗な顔が歪んでいる。それなのに声は凛としていて、興味を持たせるには十分だった。
細い腕で細い刀を振り回す彼、石田三成。素早く攻撃を繰り出す三成の憎しみが、恨みが、武器ごしに伝わった。それは後から家康が姿を現した瞬間に爆発的に増加する。
三成が今まで戦っていた男の横をすり抜け、家康の元へ走る。ライバルの名を叫びながら、空気を斬る。
そんな姿がひどく美しく見えたのだ。瞳に憎悪を宿しているにも関わらず、真っ直ぐで綺麗で、守らなければいけないような気がした。
「三成は、誰かが支えてやらなければいけないんだ」
あいつは人が思うよりずっと弱い。
家康がいつか口にしていた言葉をふと思い出したのは、彼ら二人の決着がついたときだった。地面に横たわっている細く脆い男。豊臣の生き残り。
手を差しのべたくなったのは、彼に興味を持ったからだ。こいつは生きなきゃならねえと本能で感じたからだ。
俺がこいつにつく、と家康に伝えれば、彼は驚いた後嬉しげな寂しげな表情をしたのを覚えている。
ああ、ありがとう元親。そんな言葉に少しだけ、ほんの少しだけイラリときたのはどうしてだろう。

先日の戦いを思い出しながら、長曽我部元親はとある人物を探していた。白く細い体に傷を負った三成を、部屋にいなかった彼を探していた。
まだ傷も癒えていないだろうに、一体どこに行ったのだろう。一瞬、家康のところかとも思ったが、部屋に刀が置いてあったためそうではないと胸を撫で下ろした。
春が近づいているとはいえ、この季節はまだ寒い。あんな細っこい体で動いたら、すぐ冷えちまうだろうに。元親の中にあるのは"心配"で、そのせいか歩く歩幅がいつもより大きかった。
広い屋敷の、外に面した廊下は長い。ひとつひとつの部屋に探し人がいないか確かめながら、すでに冷えきった足に鞭を打つ。早く三成を見つけ、火の力で温まりたかった。筋肉があり体が大きいとはいえ、元親は寒いのが苦手だ。昔から冷え性なのだ。
冷たい風に、ぶるり、体を震わせる。反射的に出てきそうになる鼻水を吸い上げると、不意に甘ったるい匂いを感じた。先程の風が運んだ春の香りだと気づくのに、そう時間はかからない。この廊下を曲がったところにある梅の香りだ、これは。
ほのかに甘いそれにつれられ、元親は足を進める。廊下を曲がると大きな梅木が一本、庭に鎮座していた。小さな花がいくつも花を咲かせている。
「…」
それを見上げるようにして、目的の人物が立っていた。甘い香りに包まれながら、どこか虚ろな目でそれを見つめている。まだ、先日の出来事を受け入れられずにいるらしい。
「おい、石田。そんなとこでなにしてやがる」
「……」
「早く部屋に戻らねえと風邪引くぞ」
声をかけるが返事はない。仕方がないからと庭におり、三成の隣に立つ。三成はぼんやりと梅をみつめたまま動かない。
その姿が、元親に息を飲ませた。儚くて、それでいて綺麗なのだ。
喉がなる。
いつのまにやら元親は、ごくごく自然に三成の肩に触れていた。冷たい。あまりにも、冷たい。
ぎゅっと手に力を入れ、自分のほうに引き寄せてみる。心から嫌がりそうな行動のはずが、三成の反抗はなかった。
豊臣の尊敬信頼していた人物がこの世から消え、憎悪を向けている男に負けたこと。彼の精神はやつれきっている。
それを支えたいと、消えそうな彼を繋ぎ止めたいと思うのだ。大丈夫だと慰めて、元気になった姿をこの目に焼き付けたいのだ。
できれば、そう。
この弱い口から、長曽我部、と名を呼んでほしい。なんて。




 



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