白い月が浮かぶ夜、そこでは祭りが行われていた。普段食べられないものや見慣れないもの、動物が売られている店がちょこちょこと並んでいるだけの小さな村の祭り。月が上っている時間に外に出られるだけでも特別な気分になるというのに、少し高めの着物を着せられて恥ずかしいながらも照れ臭い。村の人々に、着物似合っているねえ可愛いねえと笑みをうかべられる度に、口元が緩んで仕方なかった。
先程買った団子を片手によたよたと歩いている佐吉は、今日という日に目を輝かせていた。あれも食べたいあれはなんだと世話しなく視線を動かしては立ち止まる、その繰り返し。足を止める度に、あれが気になるのか?と声をかけてくるのは、団子を持った方とは別の手を握っている年の近い子供だった。
あれ、すこしみたい
ならいってみようぜ、おれもみたいし
手を引っ張られながら気になる店に近づく。そこには木で作られた桜の花が飾られていた。小さなもので紐が通してあるだけのシンプルなそれ(店主の話を聞くと、どうやらこれはお守りらしい)に、三成の目がいっそう輝く。
おまえ、これ、きにいったのか?
きれいだとおもっただけだ
ほしい?
でもおかね、さっきだんごにいっぱいつかった
おれがかってやる
いいのか?
うん。おれからのおくりもの
そう言って目の前の子供がくれたのは、一番形のいい木の桜だった。ありがとうと言うと、照れたように笑む子供。そんな彼の表情が大好きだった。

目を開けて、起き上がる。
ぼんやりと覚醒した石田三成は辺りを見回し、ここが己に与えられた部屋だと理解した。敬愛している竹中半兵衛に、使ってもいいと許可を貰った大阪城の一室。障子を通して明るさを伝える太陽に、どうやら夢を見ていたようだと気づかされる。
何だか、懐かしい夢だった。
じっとりと暑さにやられた左手を視界にいれて、夢の中で手を握っていた子供の姿を思い出す。顔も名前も記憶にない子供が温かな思い出を送り込んできた。そんな気がした。
あの夢は、夢だが、夢ではない。
遠い昔の三成の記憶が夢となり現れたものだ。
あの頃より色が黒くなってしまった木の桜を、実まだ持っている。周囲に小汚ないと思われているだろうが、ずっと自分のそばにおいていた。無くしたら困ると思いつつ、戦場にまで持っていってしまう。目につくところになければ落ち着かない小さな頃の思い出。刀と共に枕元に鎮座しているのを確認してほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、竹中半兵衛に来てくれと呼ばれていたことを思い出す。懐かしい夢のせいでいつもより多く睡眠をとってしまったようだ、急がなくては。
寝着を脱ぎ捨て、敬愛する方の前に出ても失礼のないような着物に手を通す。慌てて身支度を済ませようとしたが、三成は自身の胸元を視界にいれ手を止めた。さらしが緩み、胸の膨らみが露になっている。そこで自分が女だということを思い出して唇を噛むが、そんなことをしている暇はない。急ぎ、さらしを巻き直す。
身支度を終え刀を手にとる。それと同時に、畳の上に置かれていた桜も握りしめた。懐かしい子供の顔がぼんやりとした靄に覆われていることに気がついていたが、しかし、そんなことより今は、と障子戸を開け足を踏み出した。太陽がひどく眩しい。


* * *


「おはよう、三成くん」
畳の上、三成が座ったのを確認してから、半兵衛は口を開いた。相も変わらず美しい顔立ちをしている彼に、遅くなったことを謝り、頭を下げる。しかし、そんなことはいいんだと半兵衛は笑んだ。
「君も戦続きで疲れているんだ。休めるときに休んでおかなければ体を壊してしまうからね、気にすることはないよ」
「いえ。半兵衛様に呼ばれ、遅れるとは本当に申しわけなく」
「平気さ。あまりいい話でもないからね」
話、という言葉に反応し顔を上げる。目があって、空気が流れ、ふっと息を吸った半兵衛がゆっくりと声を形にした。
「…今日するのは、戦の話でも豊臣の未来の話でもない。君にとって、とてもお節介な話だ。他から介入するようなことでもないんだけど、でも僕にとっては少し…そう、少し心配なことでもある」
妙に真剣な顔をして話す半兵衛は、三成をその目に捉えたまま離さない。その目線や声の調子から、大事な話だと分かるのだが、その大事な話が三成自身の、それも他から介入するべきではないようなものだなんてまるで検討がつかない。
戦でも豊臣でもいつもと変わらず生きてきた。それのなにが半兵衛に心配をもたらしたのか。原因は分からないが、申し訳無い気持ちでいっぱいになる。
再び頭を下げるべきかとも思ったが、半兵衛がこちらの様子を伺い、次の言葉を発するタイミングをはかっているようなので、黙ってそれを待った。
やがて名を呼ばれる。はい、と答えると半兵衛がぽつり、
「気になる人はいないのかい?」
と、それだけ言った。
それが男女間の、所謂恋愛話だと分かったのは、数秒が経過してからだ。半兵衛が何故そんな話を持ち出したのかは分からないが、ぼんやりとした頭に夢の中の光景が広がり、少年の姿を思い出す。じっとりと左手に汗が滲んで、それを隠すように拳を作った。
――て、つなごうぜ。まいごになったらたいへんだろ
記憶の断片が蘇り、目を閉じる。
「………私は…、そんなものは、欲しいとすら思いません」
はっきりと述べつつ目を開くと、その返しは想像していたと言っているような表情を向けられていることに気づく。
「…三成くん」
「私は豊臣の為に戦えれば、豊臣の役にたてれば十分だと思っています。恋愛になど興味はありません」
「だろうね、そういうと思っていたよ。豊臣の為というのは、僕にとっても秀吉にとっても嬉しいことだ。…だからこそ、こらからする話をしづらい。僕の話とはいえ、嫌なら嫌といっていい、断ってもいい。でも聞いてほしい、三成くん」
スッと細められるのは、宝石よりも綺麗な半兵衛の目だ。らしくなく、謝罪の念が入っている眼差しに何だかどきりとした。
「半兵衛、さま?」
思わず名を口にする。
それに苦笑いを浮かべて、一呼吸おき、半兵衛は真剣に言った。
「西海の鬼と、縁を深めてほしい」
三成の目を真っ直ぐに見つめながら。


西海の鬼―長曽我部元親が徳川家康に力を貸そうとしているらしい、そんな報告が入ったのは昨夜のことだった。
徳川率いる東軍の勢力の増加、伊達軍や伊井を先日味方につけたと思えば今度は賊にまで手を出した。山賊ならまだしも相手は海賊で、敵の味方になれば海からの攻撃も防がなくてはいけない。なにより今、長曽我部は雑賀との契約の最中で、あの雑賀衆までもが徳川につくと想像しただけで頭が痛い。
不幸中の幸いであるのが、まだ東軍側に味方すると決まったわけではないということだ。
半兵衛は考えた。彼らを敵にしない方法はないものかと。
そして思い付く。未来の豊臣を担うだろう少女に、長曽我部を任せてみようと。
周りからしても半兵衛からしても、得策とはいえない案だった。周囲と関わることが得意ではない凶王を使うなどと。そもそも凶王が女であることは豊臣側でも数人にしか知られておらず、その目付きや痩せすぎて骨ばった体から性別を当てられたことはない。
そんな彼女と長曽我部を接触させる理由は、半兵衛が耳にしたとある噂からだ。その噂と三成の人生を少し調べ、捻り出した案だった。僕の考えが当たっていれば、否、外れているはずがないと半兵衛は思う。うまくいけば海の勢力を豊臣の力にできる。暑苦しい奴等だが、徳川の味方になるよりならずっといい。
豊臣の為にと働き続け、ずっと面倒を見てきた少女を手離すには抵抗があった。手離す、といっても一瞬で、すべてが終わった後は返してもらうつもりでいるが、やはり心配なのだ。海賊などという野蛮な人種に、大事に育ててきた三成を奪われたくないと思うのは、親心というものだろうか。
だが、こんなにも恋愛に興味がない少女を放っておけば、女としての幸せを知らずに命を落とすこも用意に想像できる。戦いたいという願いと、幸せという温かなものの、どちらを優先するべきなのか、そのこたえは出ず。全く、人の人生というものは難しいと思わずにはいられない。
目の前の、男らしい格好をした女―石田三成は少し考えて、半兵衛さまがそうおっしゃるのならば、と答えた。それが豊臣の為になると判断したのだろう。
「ありがとう、三成くん」
半兵衛は繰り返す。
「ありがとう」





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