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“手術中”と赤く光るランプを見つめること3時間、一向に中から人が出てくる気配はない。今一体どうなっているのだろうか。聖は助かるのだろうか。
俺は震える手を痛いほど握りしめ、力なく顔を伏せた。俺があの時、もっと早く反応していれば…今更考えても何も変わらないが、無駄な考えばかりが頭を占める。何か考えていないと、おかしくなってしまいそうだ。


「あの…」


力なく顔を上げると、目の前に聖と同じ髪色を持つ、いわゆる美少年が立っていた。青い瞳に、日本人にしては彫りの深い顔を見て、聖が話していた弟の話を思い出す。弟の顔は母親と似ており、外国人顔だと言っていた。


「聖…リュウです。電話の白石さんですか?」
「うん。白石蔵ノ介です。お父さんには連絡ついた?」


リュウと呼ばれる少年は不安そうな顔でコクリと頷く。あの後俺は呆然と子供を抱きしめていたが、駆け寄ってきてくれた大人の人たちに声をかけられ正気を取り戻し、119番通報をした。
相当パニックになってた俺は、救急隊員が駆けつけるまでずっと聖の名前を呼んでおり、家族に連絡を入れたのはその後の救急車の中でのことだ。
自宅に電話をかけると、弟のリュウくんが出てくれた。お父さんは学会に出席する為名古屋に出張しており、今大急ぎで帰ってきているとのこと。


「まだ手術中やから、一緒に待ってような。ここ座り。」


俺の隣の空いたスペースを指し、リュウくんを座らせる。今にも泣き出しそうな彼の頭に手を乗せ、安心させるように軽く撫でた。


「大丈夫やで、お前の姉ちゃん強いから。」


半ば自分に言い聞かせるように、俺はそう呟く。

それから30分後、ついに赤いランプが消え、中から医者が出てきた。マスク越しのその表情は少し険しく、俺をまた不安にさせる。


「先生…。」
「聖綺羅さんの親御さんはいらっしゃいますか?」
「今、こっちに向かってるそうです。」


リュウくんが連絡先を教えていたらしく、先程俺のケータイに聖のお父さんから電話があった。新大阪に着いたから、あと30分もせずに到着するというものだ。場所の詳細を伝えると、ありがとうという優しそうな声の後、電話が切れた。


「聖綺羅さんは、一命は取り留めました。非常に危険な状態でしたが、幸運なことに内蔵器官の損傷が殆どなかったようです。麻酔の効果がなくなり次第、目覚めるでしょう。」
「ほ、ほんまですか!?」


先生はニッコリと頷き、俺の腕にしがみつくリュウくんの頭を優しく撫でた。だがその後、少し険しい顔付きになり俺にまた視線を戻す。


「ただ、後遺症は何かしら残ると思った方が良いでしょう。少なくとも、普通に生活できるようになるまで2か月は見て下さい。」
「…来月、テニスの大きな大会があるんです。」
「無理でしょう。最悪、運動に支障をきたすような後遺症が残る可能性もあります。」


頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。聖のテニスがこれから見られなくなる可能性なんて考えたくもない。今回の大会、シングルス1を任された彼女が誰よりも気合いを入れ練習に励んでいたのを俺は知っている。

先生はこれから聖を病室に移すと言い、数人で手術室から聖を運び出した。
手術室から出てきた聖の顔色は真っ白で、本当に生きているのか不安になる程だった。
顔に傷が付かなかったのはせめてもの救いだろうか。体や頭には痛々しいほど包帯が巻かれており、怪我の重大さを思い知らされる。

病室に着き、聖が移されたベッド脇に椅子を持っていき、リュウくんを座らせた。涙こそ見せないが、不安に押しつぶされそうな顔で姉を見ている。

何分経っただろうか、リュウくんがベッドに突っ伏して寝始めた頃、病室の扉が軽くノックされた。開かれた扉から入ってきた人が聖の父親なのだと、俺は何も言われなくても分かった。


「君が連絡くれた白石くん?」
「はい、そうです。」


男の人にかける言葉ではないかも知れないが、とても綺麗な人だった。聖と違い黒髪で、男の人の顔はしているが、それでも聖にそっくりだ。
聖のお父さんは寝ているリュウくんを見た後、ベッドの聖に目をやる。俺が医者から聞いた容態を詳細に説明するも、そっかと言うばかりでそれ以上はなかった。


「あんま気に病まんといてな、白石くん。こいつはどんな状況でも、子供助けとったから。自分を責めんでやって。」
「…!はい……。」


俺がもっと早く気が付いていれば、俺が助けていれば…ずっとその思いが俺の中で渦巻いていた。
聖のお父さんの言葉で心が晴れるわけではないが、幾分軽くはなったかも知れない。


「綺羅はテニス辞めへんから大丈夫やで。」


その言葉が今は救いだった。

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