25

男子テニス部存続の危機に追われた嵐のような騒動も無事収まり、新入生の財前光を始めとする数多くの部員を集めることができた。
部として再スタートを切った俺たちは、地区大会予選を順調に勝ち進んでいる。
練習の方針を変えて以来、雰囲気も以前とは比べ物にならないくらい良くなった。

部長に任命されて、聖書テニスを部員全員に強要していた俺だが、財前の言葉で気がつくことが出来た。全員で揃う事ではなく、それぞれの個性が際立つまとまりのないチームこそが、四天宝寺なのだと。


昼休み、謙也が委員会の集まりで席を外していた為、屋上で一眠りしようとやってきた。塔屋を梯子で登った先が人の寄り付かない穴場スポットだったのだが、先客がいるようだ。


「聖…」


聖は塔屋の上で眠っており、不用心に投げ出された足に邪な気持ちがわいたが、理性を保ち自分の学ランをそっとかける。
風邪引くで、と聞こえるわけでもなく声をかけた。
いつもはキリッと引き締まった表情が今は完全に無防備で、俺はついその柔らかい頬に指を滑らせる。
擽ったそうに身をよじると、やがて瞳をゆっくりと開き、焦点の合わない目が俺を捉えた。


「…白石?」
「おはようさん。」
「おはよ…何してんの。」
「昼寝しようと思ったら先客がおってな。」
「そりゃ…すいません。どこうか。」
「いや、ええよ。もう眠くない。」


起き上がった聖は膝元に掛けられた学ランを見て、慌てて拾うと砂埃を叩いて俺に返した。


「学ランごめん、ありがとう。」


受け取ると、微かに残った聖の温もりを指先に感じ、袖を通すのが恥ずかしくなる。


「なぁ、ここで前、俺に言うたよな。俺は俺、忍足は忍足って。」


朝礼をサボった日に屋上での聖の言葉が、ここ最近ずっと俺の中で引っかかっていた。
今なら分かるあの言葉の意味。


「もしかして、気付いてたん?俺が何で悩んでたか…。」


聖はボーッと遠くの空を見つめながら俺の話を聞いていた。財前の言葉で気付いた四天宝寺の“不協和音”。
聖はあの時から、その事を教えてくれていたのではないだろうか。


「別に、そんな明確な意図があった訳じゃない。でも、私は全員が聖書テニスを習得するのは無理やろうな、とは思ってた。」
「無理?そんな事は…」


あらへんとちゃう、と言おうとした俺の言葉を遮り、先ほどの寝顔とは打って変わって強い眼差しで俺を見つめた。


「無理やで。あれは白石が血の滲むような努力をして、長い時間をかけて習得したテニスやろ。」
「…!」
「例えあのまま練習続けて、みんながそれっぽいテニスを出来るようになったとしても、それは付け焼き刃にしかならん。忍足のスピードテニスと同じ。聖書テニスは、あんたの個性だと思うけど。」


俺が声を呑む様子を、聖はクスクスと笑う。悪戯が成功したような、子供っぽい笑みに目を奪われた。


「ま、何か気付いたなら良かった。財前に感謝やな。」


聖は風で乱れた髪を耳にかける。あの頃より少し伸び、今は肩に付くくらいにまでなった。


「白石は努力すればみんな出来ると思ってんのかもしれへんけど、その努力は誰にでも出来る訳じゃない。いつも頑張ってるの、みんな知っとるから。」


頷くと、聖は満足げに笑い立ち上がった。


「ほな、もう行くわ。部活でね。」


ヒラリと手を振り、梯子を降りていく聖を姿が見えなくなるまで見つめた。
屋上の扉が閉められる音が聞こえ、辺りは風の音と校庭で遊ぶ生徒の声だけになる。

俺は顔に手を当てて、勢いよく仰向けに寝転んだ。


「あーーーー……」


気付いてもうた、と1人呟く。
“気になっている”なんて、最初からなかった。

あいつが初めて笑顔を見せてくれた日、ファミレスで遅くまで話し込んだ日、犬に見せる優しい顔を見た日、俺に気を遣わせないよう切られた髪の毛を綺麗に整えてきた日、バレンタインでお菓子をくれた日、ホワイトデーにあげたリストバンドをキラキラした笑顔で喜んでくれた日

テニスをする姿を初めて見たあの日

簡単な事だった。


「俺はあいつが、ずっと好きだったんや。」


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