「行っちゃった…」
ローズがポツリと呟く。
本当は、加勢に行きたいんだろう。
でも隊長は『ここから出るな』と言った。
これは命令だ。
僕もまた、動けない。メルトも然り。
「隊長が行ってくれたんだから大丈夫だよね?」
不安げに見上げるローズの頭を一撫でして、笑う。
「うん、きっと、ね」
そういう傍ら僕も一抹の不安を感じていた。
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…隊長が出て行ってから幾ばくか経った。
もう2時間は経過したかな…
そこに。
コツコツ、ヒールでこの執務室に向かってくる音が聞こえ、僕たちは臨戦態勢に入る。
ヴァンパイアか―!?
ギィ―
蝶番が軋み、扉がゆっくりと開かれる。
「子猫ちゃん、みーつけた」
ニタリ。
黒いドレスを着た少女が、口端を大きく吊り上げ笑った。
それぞれ剣を握る手に力を込める。
「あぁ、待って待って。何も争うつもりはないのよ」
少女は何が面白いのか不気味に笑ったまま話を続ける。
「そこの子猫ちゃん、ニイナくんよね?彼をくれたら今日の所は皆撤退してあげる」
「…なっ!そんなの信じられるわけないでしょ!?大体、『はいそうですか』ってニイナを渡すわけないじゃない!」
ローズが吠える。
目的は僕…?何故。いや今はそれより―
「…いや、行くよ」
「ニイナ!?」
「ニイナ!何をいってるんだ」
二人が信じられないとばかりに叫ぶ。
「これだけ経って隊長が帰ってこないんだ。きっと敵の数が半端じゃないんだよ」
「でもっ」
「被害は最小限に。初歩中の初歩でしょ?」
くっ、と二人は呻いて下を向く。
「あら、物わかりのいい子。そういう子、好きよ」
僕の傍まで歩み寄ってきて、少女は白魚の様な手で僕の頬を撫でる。
そして彼女が指を鳴らすと、黒い空間が現れた。
少女は僕の背を優しくその空間へと押しやる。
「それじゃあ、ごきげんよう。またの機会があったら遊びましょう?愚かな人間共」
そして僕たちはそこから姿を消した。
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「本当に、攻め込んできた奴らは撤退させてくれたの?」
「あら、アイリスは嘘つかないわ」
くすくす笑いながら踊る様に円をかいて、彼女<アイリス>はくるくる回る。
時折僕の手を取って巻き込みながら。
僕はその傍ら、頭で必死に考えていた。
此処は敵の要塞。見方はいない。構造も未知数。
さて、どうしようか―
「子猫ちゃん?考え事もいいけど行きましょう?彼(か)の方がお待ちだわ」
そして僕たちは二度目の再会を果たす。