「は、はぁ、…くっ」
「ふふ。君は逃げ足が本当に早くて、困るよ」
右足のナイフの刺さった箇所からの出血がひどい。
美しい大理石に、逃げ回るごとに血がぽたぽたと染みを作る。
それを見て奴は笑みを深くした。
「あぁ勿体ない。君の極上の血がどんどん無駄になっていくね。そろそろ鬼ごっこは終わりにしようか」
もうちょっと。後ちょっとで隊長たちが来てくれるはず。
なんとか持ちこたえなくちゃ…
僕は改めて敵に神経を集中する。
「ほら、行くよ!」
右…!
予想通り来た右からの、剣の切っ先をギリギリでかわす。
「まだまだ」
左からも!?今度は、いなしきれなかった。
左からノーガードで蹴りが入る。
ドガッ―
「つ、ぅ…」
流石ヴァンパイア。
肉弾戦でもその力は伊達ではない。
蹴り飛ばされて、背中からぶち当たった壁がガラガラと音を立てて崩れる。
じわり。
口の中、血の味がする…
吐き出そうとするも、それは目の前にできた影に阻まれた。
「ん、う!?」
クチュリ―
「んん!…っ!」
奴が唇を合わせて、舌で唇をこじ開けてくるのに気付いたのはすぐだった。
じゅる、ゴクリ。
僕の口の中に溜まっていた血を啜られる音が響く。
止めて!
心で叫んで蹴りを入れようと脚を上げるも、奴に当たる前に掴まれる。
「甘いね」
くすくす―
ペロリと唇を舐め奴が笑う。
僕は唇を開放されて、肩で息をする。
その代わり今度は脚の自由をとられた。
「このまま折ってもいいんだよ?」
ギリギリ―
「あ、ぐ…」
痛い、でもこれくらい許容範囲。
まだ大丈夫。
今度は左脚のホルダーに装備していたナイフを投げる。
「おっと、危ないなぁ」
クスクス―
奴は笑みを絶やさない。
それが只々、腹立たしかった。
「セリオン様!」
「おや?何かあったかな。折角いい所だったのに」
奴<セリオン>は、使い魔だろう、コウモリを指に止めて優雅に笑う。
「今日はここまでだね、残念」
「ま、待て!逃げるの!?」
「どうやら君のお仲間がもうすぐ此処に到着するみたいだからね、退散させてもらうよ」
ひらり、コートを翻してセリオンは背を向けて歩いて行く。
くっ…折角ここまで引き止める事が出来たのに、逃げられてたまるか!
また一本ナイフを取り出し、痛む脚を無視してセリオンに向かい走りだす。
「待て!ニイナ」
ピタリと動きを止め、声のする方向に目を向ける。
「隊長…皆…」
あ、れ…視界がぼやける…
くそ…血を流し過ぎた…
「ニイナ!」
その呼びかけを最後に、僕は気を失った。