「アイリスと言ったよね、僕を誰の所に連れて行くつもり?」
「ふふふ、気高く孤高ですっごくお強い方よ」
ふんふん、アイリスが鼻歌をハミングする。
それを聞きながらしばらく歩くと、一つの大きな扉に着いた。
「ここは…」
「はい、此処からは一人で行ってね!アイリスも誰も近寄らせるなって言われてるから。じゃあねー頑張って」
しっかり僕が扉を開けて足を踏み入れるまで、アイリスは見張っていた。
薄暗い部屋に入ると、大きな玉座があり、そこに一人の影が見えた。
ヴァンパイアだろうとは思うけれど、はっきり見えない。
で、も…
この匂い、知っている。
酷く懐かしく、そして、僕が守れなかった、存在。
「ラ、イラ…」
「久しぶりだなぁ?ニーナ」
クツリ―
牙を覗かせて嘲笑したのは、あまりに変わってしまった僕の幼馴染だった。
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「う…や、め」
「うるせぇよ。黙ってろ」
僕は一瞬で間合いを詰められた事に反応出来ず、首を壁に押し付けられていた。
苦しい、息が上手く吸えない。
それよりも一切予知していなかった再会に、僕の脳内は大混乱していた。
なぜ、どうして、どうやって?
なんで…ライラがヴァンパイアに。
それでも時間は止まらない。
ペロリ―
「ひっ」
ライラが僕の首筋を舐めた。
…んだと気付き、小さな悲鳴を上げた時にはもう遅かった。
プツリ。
じゅる、ズズズ―
「っつ、あ、あぁあ!」
首筋に牙を立てられ血を啜られる。
噛まれた箇所が熱を持つ。
でもそれだけじゃない。
「はっ、は…あ、んぅ」
恍惚とした吐息が漏れる。
僕の異変に気付き、ライラは僕の首筋から顔を上げた。
その口周りは僕の血でべったりだ。
「お前…く、くく。そうか、そういう事か!ニーナ…お前、『あの時』使い魔になったな?」
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それは今から10年前。
ヴァンパイアがいきなり現れ始めた、そんなあの日。
僕とライラは必死に逃げていた。
後ろからはヴァンパイアが、獲物を嬲り殺すのを嬉々として追いかけてくる。
そんな時、不意に足音が減った。
「…ライラ?ライラ!」
すぐ後ろを走っていたはずのライラがいないのに気付いたその瞬間、血の気が引いた。
走って走ってきた道を少し戻り、そこで見た光景に目を見開いた。
ライラが、ヴァンパイアに、血を吸い取られている。
「ライラ…ライラァ!この、ライラを離せ!」
僕はヴァンパイアに向かって掴みかかる。
でも人間の、ましてや子供の僕の力なんて、ヴァンパイアには到底かなわなかった。
「邪魔だ!」
ドカ―!
お腹をもろに蹴られて吹っ飛ぶ。
「う、ライ、ラ…」
視界が霞む。
目を閉じてはならないのに、目を開けていられない。
僕は、非力だ―
僕はこの日、幼馴染をなくした。
折角、再会を果たしたこの日に。