私の家は古き良き日本家屋をそのまんま絵に描いたような家で、よく手入れされた庭に鯉がゆったりと泳ぐ池。長く延びたひさしの下には日当たりのいい縁側。掃除が行き届いた長い長い廊下の縁にはぴっしりとしわ一つない真白の障子紙が張られた襖。室内は一面畳で、壁は今では珍しい土壁だ。充満する藁の良い香りがとても安らぐ。生まれたときから住んでいるこの家の良いところはあげだしたらキリがないし、ここ以上に好きになれる家は日本中さがしてもないんじゃないかってくらい自慢で大好きなのだ。

しかしただ一つ問題なのは、プライバシーを守ることが難しいということだ。

薄い障子越しじゃあ身動き一つすらも隣の部屋どころか最悪もっと離れた所にまで音が響いてしまう。家族に聞かれるならいいじゃないかと思うかもしれないけれど、私だって家族にだって知られたくないことの一つや二つある。
当時、中学を卒業し反抗期から思春期に移り変わる多感なあの頃の私にはそれがたえられなかったのだ。





「な〜んで承太郎がこの時間家にいるのよ」

講義が終わり、帰宅した私を出迎えたのは3つ年の離れた弟・承太郎だった。
ふてぶてしく二人掛けのソファーに転がり、納まりきらない脚は組んで肘掛けに乗っかっていた。完全にお昼寝体勢である。

「今日は午前中だけなんだよ」

だから黙ってろとでも言いたげにチラリとこちらに視線を寄越して承太郎は目深に帽子を被り直した。
ここで一つ言っておきたいのだが、ここは私の部屋である。たとえ承太郎の私物がそこらじゅうに転がっていようと、彼が我が物顔でこの部屋に出入りしていようと、ここは私の部屋である。何度でも言おう。ここは私の部屋なのだ。

「寝ないでよ」

私は高校生になる直前に両親に一世一代の頼みごとをした。それはもう必要とあらば土下座さえも辞さない勢いで。進学祝いに何か欲しいものがあれば言いなさいといわれたからってのもあるけれど、あの時の私は本気だった。本気で自分だけの、何をしてても誰にも聞こえない気づかれないような場所に自室が欲しかったのである。別にやましいことをしたかったわけではない。常にプライベートオープンな環境が耐えられなかったのだ。

そうして私の本気の交渉の甲斐あって、家にあった唯一の二階の物置をフルリフォームして、この古き良き日本家屋代表の二階に立派な洋間をこさえてもらった。私はもう両親に一生足を向けて眠れない。

「承太郎〜〜」

咎めるように呼びかけても返事すらしない。ひどい。
承太郎は昔はそれはそれは優しくて賢くて気が利いて、非の打ち所がない良い子だった。いつも姉さん姉さんって柔らかな笑みを浮かべながら私にくっついてくる、本当にかわいいかわいい弟だったのだ。それがどういうことなのか。高校に上がって、気がついたら長ランに鎖なんかつけて尖った革靴履いて、睨まれたりなんかしたらチビりそうなくらい怖い不良になってしまって。劇的ビフォーアフターすぎて全く笑えない。しかも格好が変われば口調も態度も変わる。優等生スタイルだったころはちゃんとドアをノックして私の許可を得てから入ってきていたのだけど今はこの通りだ。しかも私のことは姉さん呼びからいつのまにか名前呼びに変わっていた。いったいうちの承太郎に何が起こったというのか。

でも、今はもうこれに馴れてしまったし今からあのスタイルに戻られると逆に違和感だし、何より私はワイルドな承太郎の方が好きだからこのままでいいんじゃないかと思ったりしている。それに見てくれがこうなっていても根っこの優しいところは相変わらずなのだ。

「そういえば、今から買い物行くけど承太郎も行く?」
「……おめー一人か」
「そ。ママの代わりにおつかい頼まれちゃって」

荷物持ちが要るほどの買い物じゃないけど。一瞬出かけた言葉は飲み込んだ。言うと承太郎がついてきてくれなくなるかもしれないからじゃない。例え言ったとしても一瞬にきてくれると悟ったからだ。
のっそりとソファーから起き上がり、ベッドに脱ぎ捨ててあった制服を羽織る承太郎。
承太郎が私の身長を越したくらいから彼は私が一人で出かけることをよしとせず、たとえ近所のコンビニに行くときですら一緒についてきてくれた。その度におごらされたけど、今思えばカモにされてるのかもしれないけど。
それでも承太郎の優しさが嬉しくて、私はしみじみと良い弟をもったと感じるのだ。







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