まだ日が高く照っている時間に目が覚めるのは久しぶりだった。そんな時に起きてしまったからなのか、理由のわからない酷い不快感が全身を支配していた。しかし当然窓際の分厚いカーテンは締め切ってあり、普通の人間ならば歩くこともままならない程の暗闇なのだが。
兎にも角にもどうしようもないむかつきはじっとしていても晴れることはなく、気晴らしに本を読もうかとも思ったがそれも一瞬のうちで、どうしようもなくなった彼は屋敷内を散歩することにしたのだった。

長い廊下に申し訳程度に灯された蝋燭。ポツリポツリと一定の感覚をもって並ぶそれは道標のようだった。相変わらず胸のむかつきは治まることを知らない。
あてもなく館内を歩き回りしばらくすると、ふとある一室のドアの隙間から漏れる光に気がついた。闇が支配する館内でも目を凝らさないと気づかないであろうその微かな光はしかしそれだけでも圧倒的な違和感として映った。そして引き寄せられるように忍び入った先の光景にディオは更に眉をしかめることとなる。

小窓のカーテンを少し明け、そこから射し込む陽をいっぱいに受けながら煌々とする光の中で静かに読書をする名前がそこにはいた。
周囲の闇が深いせいか陽が届いているのは彼女だけで、幸い部屋に入ったディオがそれに照らされる事はなかった。恐らく、太陽を嫌う者の来訪も算段して少しだけ開けていたのだろう。聡い彼女のその行動は関心するものがあったが、彼女を柔らかく包み込むように、闇の者から不可侵の壁で守るように照る光が、常闇でしか生きられぬ彼と彼女の覆ることのない差をまざまざと見せつけているように思えた。

「こんな時間に起きるなんて珍しいのね」

「……」

後ろ手にドアを閉め、壁に寄りかかる。この男の来訪を気にもとめずただひたすらに字を追うなんてことができるのは彼女くらいのものではなかろうかとディオは眉間の皺を深める。
別に畏まって欲しい訳でもないが、その堂々とした態度と名前が纏う光は彼の過去の人を連想させた。

「名前」

「はい」

「カーテンを閉めろ」

声に押し殺し切れなかった苛立ちを彼女は聞き取ったのかそこでようやく本から目を離し、初めてディオを見た。その目は此方の真意を探るような怪訝そうな眼差しだったが光にくるまれた彼女は闇に佇むディオの表情を伺うことができないのか不信そうな顔を崩すことなく幾重にも重なるそれを締め切った。途端に深い闇が二人を包む。

「やけに不機嫌そうね。寝起きだからかしら?」

「…」

目が慣れていないのか、焦点の合っていない名前に歩み寄るとその気配を感じたのか彼女は避けるように半歩下がる。
彼を拒絶するような彼女の行動はたとえ僅かであっても今の彼の更に鋭敏になった神経を逆撫でた。

「八つ当たりにいらしたの」

「馬鹿な被害妄想はよせ」

少し睨みを利かせれば、目が慣れてきたらしい名前はわずかなため息と共に下げた半歩を戻し、ぐっとディオに近づいた。何をするのかとただ見守っていれば、彼女は何も言わず目の前にあったディオの胸元に頭を寄せた。

「かわいそうなひと」

「何?」

「なんでもないわ」

そう言って顔をあげた名前の瞳は、過去に全てを奪い尽くしてやったあいつと同じ色を灯していた。





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