彼は決まって深夜に私の部屋を訪れた。
ベッドの縁に腰掛けて、眠る私をただただみつめたりするだけ。どきどき手の甲で私の頬を撫でたり、シーツに散る髪を掬って遊んだり。そんなことしてなにがおもしろいのかと時々尋ねてみるけれど返ってくるのはいつも生返事ばかり。真剣に返事する気なんてこれっぽっちもないのだ。

そうしてこの日も私は、頬を滑る彼のごつごつした手の感触で目が覚めた。
そっと目を開いたらそれはやっぱりシーザーで。彼はまるで愛しいものでも見つめるかのように目を細めて私を見下ろしながら、指と甲で私の頬の感触を楽しんでいた。

「起こしちまったな」

「…起きればいいなぁとか思ってたんじゃないの」

起こされたことに特に不満はなかった。けれどこのむず痒い雰囲気はあまり得意ではない。
咎めるような目で彼を見つめると意味深に笑みを深めただけで返事は返ってこない。どう見ても図星だった。
その間にもシーザーの指はこめかみから頬、唇を通ってゆっくりと反対側へ滑る。その温かさと程よい堅さが酷く心地良い。うっかりそのまま眠ってしまいそうになるけれどこの深夜の僅かな時間に意識を飛ばしてしまうのは嫌で、とろとろと閉じていこうとする瞼を頑張って開く。

そうしているうちになんとなく目が暗闇になれてきて。さっきまでは気づかなかったのだけど、月明かりに照らされる彼の髪はキラキラと光っていて水気を多分に含んでいるようだった。シャワーを終えた帰りらしい。まだ暖かい時期だとはいえ、流石にここまで濡れていると風邪をひいてしまうかもしれない。複雑に考えれない頭で私はぼんやりと思った。

「…風邪、ひくよ」

「大丈夫」

シーザーの首に掛かったタオルに延ばしかけた手を彼の空いていたそれで絡めとられ、シーツに抑えつけられる。あれ、と気がついた時にはもう遅く、それまで頬を撫でていた手も私の肩をがっしりと掴んでいた。
いったい何をする気なんだ。とぼけてみても心のどこかでその「何」を期待してしまっている自分がいることはわかっていた。心臓の音がうるさい。

「顔、真っ赤だな」

「嘘、こんなに暗いのに見えるはずないじゃない」

「名前のことなら目を閉じててもわかる」

何言ってるの、変態、女たらし、馬鹿。
見透かしたようなその態度が悔しくて、思いつくだけの憎まれ口を叩くのにシーザーはそれすらもわかってたように笑う。悔しい。年下のくせに。けれど唯一自由な下半身だけでは私にはどうすることもできないし、絶え間なく注がれるくすぐったい視線にたえられなくなってとうとうそっぽを向いた。年下の彼に手玉にとられて、さらにその彼の一挙一動に胸を高鳴らせてしまっている自分がどうにもこうにも許せない。
シーザーはそんな私の気持ちにも気づいているんだろう。すこし腹立たしいけれど、不思議とそんなに悪い気はしない。
そうしてじっと無言でいる彼が気になってそっと見上げると、目が合ったとたんにやさしい笑みは意地悪なそれに変わった。

「……もう少し、警戒した方がいいぜ」

「んっ、」

不意にシーザーの顔が寄せられて、こめかみに彼の唇が押し当てられる。思わず身体がこわばってしまう。その間にも軽いリップ音をたてさせて彼は私の額、目尻、頬、とさっきまで撫でていたそこを唇で愛撫する。

「ふふっ、どうしたの、やめてよ、くすぐったい」

「ん……止まんねえ」

ちゅ、ちゅ、と降るキスの雨のこそばゆさに身をよじらせる。
のしかかっている身体がびくともしないことはわかっているけれど身じろぎせずにはいられない。間々に耳をくすぐるシーザーの吐息が私をたまらなくさせた。

内に隠す互いの想いには気づいてないふりをしながら戯れるだけのこの時間は好きだった。
けれど彼と恋仲になろうと思わない。今の彼の邪魔だけはしたくない。
だというのに向けられる想いは拒まない。ずるい奴だと言われるかもしれない。
けれどこれでいいのだ。私の安らげる場所が彼のそばであるように、彼のわずかな休息の場所が私であれば。





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