1/490000hitリク!「気遣い」
「京楽隊長を見かけませんでしたか!?」
七緒が息を弾ませて勢いよく尋ねた。尋ねた相手は一番遭遇率の高いと思われる乱菊である。
「今日はまだ見てないわねぇ」
「そうですか。ありがとうございます」
明らかに急ぎだと解る状況でも、七緒は礼を忘れない。そして、普通なら残す言葉も残さない。それは「見かけたら教えてください」や「見かけたら、伝言をお願いします」と言った類の言葉である。
何故なら、言っても無駄だからだ。教えられた時には、既にその場にはいないし、伝言を聞いたところで素直に戻っては来ないからだ。だからこそ、七緒は痕跡を探し自ら見つけ出すようにしている。
他の隊には迷惑を掛けられないし、何より他の誰にも「八番隊隊長を無理やり引き摺ってでも連れていく」ことなどできないからである。
八番隊隊長の京楽春水を無理やり連れていくことができるのは、八番隊の副隊長だけなのだから。
「全く、いつもいつも何処をほっつき歩いているのやら…」
人の多い所で情報収集をしているかと思えば、一人思索に耽ることもあるので、行動範囲が中々定まらないのだ。
いざというときには、七緒を連れていくこともあれば、置いていくこともある。
七緒は黙って従うばかりだ。
彼の判断が正しいと思えばこそ。
彼の強さを間近で見ている時ほど、安心できることはない。
側に居られない時ほど、不安になることはない。
信じていると口にして、無理矢理己に言い聞かせることもある。
普段は、そんなことは考えない。無意識に体が動くし、春水を探し出すことが大切だと解っているから。
だが、七緒とて情緒不安定になることがある。
そんなときは思考が暗い方へ向いてしまう。
こんな時は側に居て欲しい、自分を安心させて欲しいと思うのだ。
「見つけた!」
息を弾ませ、春水の側へと駆け寄る。
「京楽隊長!!」
「おんやぁ、七緒ちゃん…とうとう見つかっちゃったかぁ…」
寝転がり顔の上へ被せていた笠を持ち上げ、七緒の姿を己の目で確認する。
息を弾ませ、ちょっぴり頬を赤らめて自分を見下ろしている。
全くなんと愛らしい姿だろうかと思わず口元が緩む。
「見つかっちゃったかじゃありません!!今日締め切りの書類が山ほどあるんですよ!」
「ええ〜…山ほどあるのは嫌だなぁ…」
「山ほど溜めたのは隊長です!私はもう、自分の分は済ませているんですからね、とっとと片づけて下さい」
春水に言い聞かせると言うよりも、母親のように叱っている。
これは、機嫌が悪そうだと春水は軽く目を見張った。
「七緒ちゃん、今日は女の子の日?」
「……」
七緒の眉間がきつく寄り、無言で本が振り上げられた。
「うわっ!ちょ、その本の角は止めよう!!」
流石の春水も慌てて起き上がり避けた。
本の表紙の面や扇子でぶたれるぐらいなら訳ないが(それでも、普通はかなり痛いもので反射的に避けるのだが)、本の角は彼も堪らないのだろう。何せ今日の七緒が手にしている本は、いつにもまして厚みがあるのだから。
「ご免よ、ちょっと機嫌が悪そうに見えたから」
「それは、京楽隊長を探しまわったせいです」
苦笑いを浮かべながらも頭を下げ謝る春水に、七緒は渋々本を降ろし両手で持ち直す。
春水はまたも、軽く目を見張った。
いつもならきりりと眦を釣り上げて『セクハラです』ときついお叱りを受けるところなのだが、溜息を吐いている。やはり、女性特有の日なのだろうかと、春水は腕を組み片手で顎を摩った。
「帰ろうか」
「ええ」
春水が素直に促すと、七緒は安堵の表情を見せた。これ以上彼女を走り回らせるのは良くなさそうだと判断したのだ。
執務室に戻り、己の机の上に積み上がった書類を見、思わず逃げ腰になり一歩下がってしまった。その為、真後ろに居た七緒に思わずぶつかってしまった。
「あっ」
「おっと、大丈夫かい?七緒ちゃん」
慌てて身を翻し、七緒の背に片手を当て、もう片手で腕を掴む。
そんなに強く当たった訳ではなかったのだが、油断していたのかそれとも避けようとした弾みだったのか、仰向けに倒れそうになった七緒を支えたのだ。
「……申し訳ありません…」
「いやいや、ボクがいきなり下がったからねぇ」
「……あの、もう大丈夫ですから、離していただけませんでしょうか?」
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