1/42000hitリク!「夢見心地」


「ぐふ…ふふふ…七緒ちゅわん…うふ…」
 春水は奇妙な笑い声を上げながら七緒の名前を呟いていた。

 机にうつ伏せて肩を震わせている。
 右手には猪口、左手には徳利を持ったまま。
 どうやら酒を飲んでいてそのまま眠ってしまったようで、先ほどの呟きは寝言と言う訳だ。

 ぽかぽかと温かな気温の中、春水は藤棚の下に設けられた椅子と卓を占拠して花見していたのだ。

「…全くもう…」
 幸せそうに笑みを浮かべて夢を見ている春水を見下ろし、七緒は眉間の皺を緩めた。

 仕事をさぼって花見に興じている春水は毎度のことだ。
 それを探し出す七緒も毎度のこと。

 いつもの光景、いつもの行動。
 だが、この日の七緒は珍しく眉間の皺を緩めてぼやきながら上司を見下ろした。

 藤棚の下には誰もいない。
 七緒はあたりを見渡して春水の隣へと座った。

「困った人…」
 小さく呟いて春水の背中へと額をそっと押しつけた。

 だらしのない上司の姿を見ても七緒が叱らず、ぼやくに留めた理由。

「ん〜…七緒ちゃ…ん…」
「……」
 そう、この寝言だ。
 七緒の夢を見る程に気にかけている、好いている、何よりの証拠だ。

 夢は深層心理を表すとも言われる。
 嬉しそうな笑みを浮かべ、七緒の名前を呟く。夢の内容がどんなものであれ、春水が喜ぶようなことなのだろう。
「……あ、ご免…七緒ちゃ…」
 悲しげな声に変わり身動ぎをする春水から、七緒は慌てて額を離して見守った。
「ああ…ごめ…ちっちゃくな…」
 謝罪を繰り返し身を縮めている様子からどうやら夢の中でまで七緒の逆鱗に触れたらしい。
「いたっ、それ、いたい…」
 その上殴られたようだ。

 七緒は憐みの視線を向けて大きな溜息を吐きだした。

 深層心理とはよく言ったものだ。
 何も夢の中でまで七緒の胸に触れて、殴られることはないだろうに。しかも、七緒が胸の大きさを気にしていることまで、春水は良く知っているのだ。
 どれだけ七緒ばかりを見ていて、触れたいと願っているのだろうか。
 夢の内容はともあれ、七緒のことばかり考えているのは本当のようだ。


「それにしても…」
 一向に目を覚ます様子のない春水を見下ろし七緒は呟いた。

「ん〜…七緒ちゃ…」
 どうやら仲直りでもしたような展開だ。唇を尖らせて接吻をねだるような表情をみせている。
 このままいけば夢の中の七緒は押し倒されてしまうのではないだろうかと思われる。

 自分が目撃してからの春水の様子を思い浮かべると、見事な物語…否、とある日常でも夢見てなぞっているようでもある。夢か妄想か判断が分かれるところではあるが、順を追って夢を見ているのには違いがないようだ。
「…毎回思うけれど、隊長の夢って、見事な物語っぽいのよねぇ…」
 顎に指をあて思案する。自分の夢を思い起こすが、そうそう物語仕立てになったことはない。
 目を覚ますと霧散してしまうので内容を覚えていないことが大半ではあるが、たいていの夢は理屈に合わない、物語であっても荒唐無稽であったりする。
 覚えている範囲では突飛な所から始まり、突然終わるか、危険な部分で断ち切られたり、後少しで良い思いをするという所で目が覚めてしまうものである。


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