coffee hour 


 ガコンと音を立てた自動販売機。
 私は落ちてきた温かい缶コーヒーをつい頬に当てた。今日は一段と冷え込みが厳しい。冷えた身体にこの熱が有難かった。
 十二月末、学校は冬休み。私は年末を、ぼうっと怠惰に過ごしていた。珍しく外に出た今は、家族に頼まれた買い出しの帰りである。
 ふと、城之内はどうしているだろう、と考えた。「ただのクラスメイト」な私は、休みの間の一級友の動向などわかるはずも無い。
 アルバイトで忙しいのだろうか、休みの間でもきっと、武藤さんや本田さん達とは会って遊んだりするのだろうな――などと想像し、笑みを溢しながらくるりと自販機に背を向けると。
「――っ!?」
 脳内の映像だったはずの城之内の横顔がリアルに目に飛び込んできて、驚きに声を上げそうになった。……あれ、こんな事、前にも無かったか?
 城之内はコートのポケットに手を入れ、首を竦めて襟元に顔を埋めて歩いている。――他人の空似でも、私の妄想でもない、本物だ。
 咄嗟にお釣りの小銭をもう一度自販機に投入し、同じコーヒーを購入した。相手はゆっくり歩いているとは言えど、見失ってしまえば追い付けるものも追い付けない。急いで取り出し口から缶を拾い、走る。
 しかしそんな心配をするまでも無く、城之内には直ぐに追い付く事が出来た。
「城之内!」
 私は腕を伸ばし、握っていた缶を城之内の頬に押し当てた。
「うおっ!? だぁ、あっつ!」
 びくりと肩を跳ねさせた城之内は驚いた顔を此方に向ける。私を捉えると、「羽坂じゃねーか」と目を瞬かせた。
 我ながら思い切った事をしてしまった、と今更気付く。それほど親しい仲でも無いのに、不意打ちで缶コーヒーのダイレクトアタックである。
「すまない、驚かせたな」
「ああ、すげーびびった」
 城之内はびびったと言いながらも笑っていて、気を悪くした様子は無いのでホッとする。
「どうして此処に?」
「買い物の帰り。羽坂は?」
「私も」
 互いに、片腕に引っ掛けたビニール袋を掲げて見せ合った。
「ところで、これ」
 城之内は、先程私に押し付けられ、今も彼の手の中にある缶コーヒーを振る。
「それ、やる。間違えて二本買ったから」
 私は言った。本当は城之内を見掛けた為に慌てて買った物なのだが、勿論、そんな事は言うまい。
「えっ、マジ? サンキュ!」
 寒かったんだよなぁ、と言って嬉しそうに缶を握る城之内を見ていると、今買ったホットコーヒーにはまだ一口も口を付けていないというのに、何となく身体が暖かくなった気がした。何だか現金な話だ。
 喜んで貰えただけで充分なのだが、更に欲が首をもたげる。
「今、忙しいか?」
「え? いや、暇だけど」
「その代わりじゃ無いが、時間があるなら少しだけ私に付き合って欲しい」
 そう言って、私は直ぐ側の小さな公園を指差した。

 †

 公園のベンチに二人並んで腰掛ける。
「あー、うめー」
 缶を開け、ぐいっと大きな一口を飲んだ城之内がそう唸る。その姿を見て微笑んでから、私も自分のコーヒーに手を掛けた。
 しかし。
(……開かない)
 冷たい外気に長時間晒された手は感覚が鈍くなり、指に上手く力が入らない。私は、カツカツと音を立ててプルタブと格闘し続ける。
 その様子を見兼ねたのか、城之内は「貸せよ」と私の手から缶を取り上げた。
「あ、いや」
 大丈夫、と言おうした時には、もう缶は開けられていた。
「ほら」
 差し出された缶コーヒーは、飲み口から細く湯気が立ち上っている。
「すまない、手が悴んで……」
「いいって」
 それから暫く、無言でコーヒーを啜っていた私達だが、不意に城之内がくつくつと喉を鳴らして笑った。
「っつーか、羽坂もああいう事すんだな」
「ああいう事?」
 突然始まった話に首を傾げれば、城之内は「缶」と言って飲み掛けのコーヒーを自分の頬に寄せて見せる。――ああ、あの缶コーヒーアタックの事か。
「悪かった」
「いや別に気に障った訳じゃねえよ。寧ろ意外な一面見れて面白かったぜ」
 城之内は呵々と笑った。
「落ち着いてっから、あんま冗談言ったりやったりしねえ奴だと思ってた」
「……へえ」
 そういうイメージなのか。
「この間一緒に帰った時もそうだけどよー……話すまでは勝手に近寄り難く思ってたけどそうでもねえんだな」
 妙に胸が熱くなった私は、思わず城之内からぱっと目を逸らした。
(……嬉しい)
 自分がどう思われているか、なんて中々伺う機会も無い。割と取っ付き難い印象だという事は自分でも何となく理解していたので、「そうでもない」という一言が嬉しかった。きっとこれは素直な城之内の言葉だからこそ響いたのだろう。
「今度遊戯達とどっか行く時、羽坂も一緒に来いよ。杏子もいるしいいだろ?」
 その言葉も、社交辞令など似合わない城之内だから、期待してしまう。
「ありがとう」
「絶対だからな!」
 城之内は嬉しそうに笑う。本当は私の方が嬉しいはずなのだが、如何せん城之内と違って感情表現が下手なので、口角を少し持ち上げるのが限界だった。
 ――と、すっかりコーヒーの事を忘れて城之内を見ていた私とは裏腹に、小まめに口に含まれ続けていた城之内の缶の中身はもう空になったようだった。
 ごちそうさま、と言って城之内がベンチから立ち上がる。私も残りを飲み干し、城之内に続いて腰を上げた。
 缶コーヒー一本分の時間を送った私達は、向かい合って最後の言葉を交わす。
「次会うのは来年だろうな」
「ああ、また来年」

 ――「良いお年を」。
 そう笑い合って、別れた。


 TURN END.



2011.12.27

年の瀬に。
良いお年をお迎え下さい!


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