この世界には人間以外の生き物も多く暮らしている。人獣や獣人、妖精に小人など。人獣は人間との間に友好関係を結んでいるが、他の生き物は長い間人間の支配下にあった。それは王宮が聳える城下町から離れれば離れるほど顕著に現れ、小さな村では獣人を家畜として扱うことまであった。しかしこれは五十年ほど昔のことで、現在では殆どの種族が同等の扱いを受けている。

 ○

 まだ日の高い午後。人々の真上を陣取っていた太陽は少し傾き始めた。
 城下町から三里ほど離れたこの町は、旅芸人や吟遊詩人などが多く拠点としており、夜が明けようが更けようが関係なしにお祭り騒ぎだ。そんな町のメインストリートを抜けた先にある噴水広場に、彼らはいた。

「ロクさん、お待たせしました」
「ありがとう」

 呪術師のようなローブを纏ったロクと、鼠色をした繋ぎの作業着のセンリだ。二人は召喚士と魔導師という肩書きであり、ひょんなことから行動を共にしている。この賑やかな町へは強力な魔物の噂を聞き付けてやって来た。
 しかしどうにも行き詰まり、休憩をとることにしたのだ。

「町の人は何も知りませんね」
「そうね。この陽気では障気を放っている訳ではないようだし、掴まされたかしら?」

 ロクは溜め息混じりに言いながら、センリから飲み物を受けとる。センリはそんな彼女の隣に腰掛けると、自分達の足元に跪いている毛皮に気づき、ぎょっとする。
 それは琥珀色に褐色の縞模様で、虎を彷彿とさせた。あっけにとられて閉口するセンリに対し、ロクはその毛皮に問い掛けた。「何かご用?」毛皮は下ろしていた顔をあげ、ロクとセンリに向き直る。

「お初にお目にかかります。私めはジュークと申します。召喚士ロク・シクス様とお見受け致します。失礼を承知で御挨拶に参上致しました」

 毛皮は同じ色の髪に褐色の瞳を持った青年だった。普通の青年と少し違うのは、彼の言葉遣いとその装いだ。彼の毛皮は背負っているのではなく、彼の一部。耳も本来あるべきところには無く、側頭部の上方に小さく三角に尖っていた。目の前の彼は人獣だった。

「何かご用?」

 先程と同じ質問を返すロクは、警戒こそしているものの敵意はないと見たらしい。ジュークはロクの言葉に嬉しそうに笑うと、両目の脇にシワを作った。

「先達てはこの命を救っていただいたお礼申し上げたく、参上致した次第でございます」
「どこかで会ったかしら?」

 とぼけるでもなく首を傾げたロクに、青年ジュークは再び深く頭を下げた。

「ここから五里離れた閉鎖的な村で、貴方様に命を救っていただきました」
「……あら、あの時の。どうしてこの町に?」
「村に来ていた旅芸人の一座に同行しました。お力になりたくて」

 そう言ってジュークはゆっくりとした動作で立ち上がり、ロクの耳にそっと囁いた。「魔物をお探しでしょう」ロクは目を僅かに開いた。

 ○

 ジュークから魔物の話を聞いたロクとセンリは、早朝の時間を狙うことになった。人獣であるジュークはヒトよりも魔物の気配に敏感であり、ヒトでは感じない僅かな障気も感じとる。それを知っていたロクは彼を信じることにしたのだ。
 その晩の宿、寝静まった室内でセンリは一人、まだ活気のある外を眺めていた。ジュークと別れる際、言われた一言が忘れられなかったのだ。

『アンタはどちらかと言えば化け物に近いけど、それはその腕のせい?』

 ジュークの言葉を思い出し、センリは左腕の肘を潰すように握り締める。昼間は手袋までして完全に素肌を曝さない左腕は、ロクの姿も見えない今では手首から先だけが顔を出している。その手は焼け焦げたように黒く染まり、それでも輪郭ははっきりとしていた。

「僕はもう、人間には戻れない」

 呟いた言葉に力はなく、指先が白くなるまで握り締めた右手と悔しそうに寄った眉間のシワだけが、彼の感情を表していた。


end

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(C)神様の独り言 2010.7.1
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