漸く認めなければならない時が来たんだ。私と彼は、決して相容れない存在なのだと。
主が、神がそれをお許しにならないのだと。
○
「サイクス」
空の色をそのまま移したような美しい髪を揺らして振り返ったのは、この町の教会で働くサイクス。昔野盗に顔を斬りつけられ、額から頬にかけて一本の傷跡がある。
声をかけてきたのは彼が働く教会の神父、フオルナーキスだ。彼はサイクスとは対照的に、浅黒い肌に曇天のような髪色が映える青年だった。
二人は同年代であり、仕事の仲間でもあり、無二の親友だった。
両親を亡くして途方に暮れているサイクスを教会に連れてきたのがフオルナーキスだった。二人は何の疑いもなく聖職者になり、魑魅魍魎が跋扈する外界から町を守り続けていた。
しかし、サイクスには秘密があったのだ。彼の両親が死ぬ間際、大事な話だと言って聞かされた。幼い彼にはそれが何のことだか解らなかったが、成長し様々な知識を得るうちにそれに気づいてしまった。
『あなたは産まれるとき、赤い羊膜に包まれていたの』
『このことを知られてはいけないよ。殺されてしまうよ』
『白い羊膜から産まれた、クルースニクに』
始祖の城を中心として小さな町が点在するこの地域には、その村ごとに村を守るクルースニクと、村に災厄をもたらすクドラクとが対になって生まれてくることがあった。
両者を見分けるのは簡単だ。白い羊膜に包まれて産まれてくればクルースニク。赤い羊膜であればクドラク。両者の生死をかけた戦いは避けることのできない宿命だった。しかしサイクスには両親以外の血縁がなく、彼を取り上げた助産婦ももう亡くなっていて、このことを知るのは彼本人だけである。
サイクスはこの話を聞き、両親の言葉を理解した。そして同時に、自分と対となるクルースニクがフオルナーキスであることも。
それでも彼は沸き上がる念を押さえ付け、聖職者としてフオルナーキスと共に町を守ってきた。
「昨日はよく眠れたかい?」
「ああ。夢を見る暇もないほど深い眠りについていたよ」
サイクスが微笑めば、フオルナーキスも同じように笑う。サイクスにとって、フオルナーキスは何者にも代えがたい友であった。
何故友と戦わねばならないのだと思ったこともあるが、知られなければ良いのだと、自分が胸の内側から競り上がってくる憎悪を押さえ付ければ何のことはないのだと、サイクスは必死で自分自身の本能を押さえた。
「サイクス、私は実は安堵しているんだ」
静かに雨が降り注ぎ深い霧が広がる晩、呑めない杯を二人で交わしていると、フオルナーキスが秘密を明かすように語り出した。サイクスは首を傾げる。
「クルースニクとして町を守ってきたが、戦うべきクドラクがいないことにだ」
「なぜ?」
「私は戦いは好まない。町を守るためとはいえ、同じ人間を傷付けることはしたくない」
フオルナーキスの目が真っ直ぐサイクスに向けられた。
「お前はどうだ?」
「そうだな、俺も。……戦うことは嫌いだな」
その日サイクスは夢を見た。
霧深い森を歩いており、しかし不気味なことに広がるのは黒い霧だった。黒い霧の先には吸血鬼がいる。そんな伝説もあり、サイクスは一歩後ずさり道を引き返す。
「貴様は神の仕組んだ宿命に逆らうのか?」
振り返り目の前に人がいた。声の低さからして男のようだ。漆黒のマントを纏い、顔は窺えない。
「クドラクとして受けた生を無駄にするつもりか?」
「お前は誰だ?」
男はそれ以上何も言わず、黒い霧に溶けるように消えていった。
目を醒ますとサイクスは夢の中と同じ場所に立っていた。一つ違うのは漂う霧の色と、左腕の痛みだった。
ゆっくりと腕を見下ろせばどくどくと止めどなく流れる自分の赤。すぐ後ろで唸る獣の声。
ぼんやりとしてきた意識の中振り返り見たのは直立する自分より頭二つ分は大きい狼。
主は、神は俺のことを許してはくださらないようだ。俺の行いを決して見逃さず、慈悲などお掛けくださらないようだ。
どこかで誰かが笑った気がした。
end
逃げてきた宿命と友に訣別を。嗚呼、主よ。絶望すら掴めぬ我を笑うがいい!
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神様の独り言 2010.7.1
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