世界で一番強い君が僕に与えてくれるもの
○
それは、何の前触れもなく。突然訪れた。
「センリさん?」
ロクさんが召喚石のメンテナンスをしている間、街をぶらぶら散歩している時だった。僕の肩を掴んで勢いよく向かい合うようにして、その女性は現れた。何の、前触れもなく。
「えっと……」
「あの、センリさん、ですよね……?」
正直、僕は目の前の女性を覚えていなかった。城を抜け出してからはロクさんの前以外では人に名乗っていないし、一人で行動している間の宿屋の帳簿には偽名を使ってきた。
僕の名前を知っていると言うことは、城の関係者かもしれない。脳が警笛をならす。鳴り響く。
「王宮に仕えていた、センリさんでしょう?!」
「……すみませんが、僕は王宮に仕えたことはありません」
「でも……」
困ったな。
しかし、僕は死んだことになっているはずなんだけど。なんでこの人は僕をあのセンリだと思っているんだろうか。零級になってからは人と接する機会といえばティーンと居る時くらいだから、僕を知ってる人はいないはず。
「あの、あなたは?」
「私、六年前まで王宮で魔導師をしていたんです」
名乗らない、か。
「そうだったんですか。残念ですが僕はそのセンリさんを知りません。力になれなくて……」
「センリさんなんでしょう? あなた、センリさんなんでしょう!?」
「いえ、あの……」
一向に諦める気配を見せない女性に、街の視線は僕らに集まり始める。一先ず何処かに移動しなくては。
「僕はセンリではありませんし、力にはなれませんが宜しければ話だけでも伺いましょうか?」
「……!」
女性は涙を浮かべながら小さく頷いた。
○
「王宮で、私はまだ三級の魔導師だったんですけど、センリさんはとてもよくしてくれて……」
「そうだったんですか」
「でも、母が倒れて田舎に帰ることになってしまい、最後に会ったのはもう六年も前なんです」
「その後、城には?」
女性は首を横に振る。
状態も落ち着いたようで、先程のようにヒステリックに騒がれることもない。
しかし、どうやら話を聞いてみると本当に僕のことを知っているようだ。この人から僕の情報が漏れることはないだろうが、今はそれが問題ではない。
ロクさんが。メンテナンスを終えたロクさんが僕を探していないかと気が気でない。下手したら魔物を使ってくる可能性だってある。これは早いところ終わらせないと。
「でも一年した頃、城の友人から連絡があり、センリさんが行方不明の後に亡くなったと……」
「……」
「私、信じられなくて! それで、母の具合のいい日は少し遠出して大きな街に来ているんです。もしかしたら、と思って」
「……死んだ人は甦らないんだよ」
「わかってます、でも。何かの間違いかもしれないし……」
ぐっ、と。胸が締め付けられる。同時に、左腕がじくじくと疼き出す。
「死んだら、甦らないんだよ」
「あの……」
「延命も、殺害もできる。でも、甦ることだけは絶対にできないんだ。人は、魔導師は神様じゃないんだ。ただの人間なんだから」
○
「ロクさん」
「あら、センリ。姿が見えないから探しに行こうとしていたのよ」
「そろそろ終わる頃かと思って、迎えに来ました。帰りましょう」
建物からロクさんが出てくる頃には空は綺麗な夕焼け色に染まっていた。
「何かあった?」
「いいえ、なにも」
「それならいいけど、センリ?」
「はい」
ロクさんは僕の正面に立つと、手袋で素肌が見えない左手をぎゅ、と握り締める。あたたかい。
「あなたはポーカーフェイスが得意と思っているかも知れないけど、辛い時に吐く嘘はすぐに人にバレてしまうものよ」
「……」
「泣きたいなら泣きなさい。腹が立ったなら怒りなさい。嬉しいのなら笑いなさい。もっと自分の気持ちを私に伝えてちょうだい」
「……」
ああ、もう。
ロクさんはどうしてこうも僕の心の奥底から大事だったものを掬い上げてくれるんだろう。
泣きたいよ。今、すごく泣きたいよ。
「私だけが伝えていたんじゃ、馬鹿みたいじゃない。……わかったら返事よ、センリ?」
「はい、ロクさん」
いつか全てを話せるだろうか。この人に。僕の今までやって来たこと、全てを。
それは少し怖くて、でもロクさんなら、なんて思ってしまう。
いつか全てを話して、それでも隣に居ることを、この人は許してくれるだろうか。
end
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