世界で一番強い君が僕に与えてくれるもの
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埃と土臭い遺蹟の中から出てきて、今は拠点としている街で食事をしている。
夜は居酒屋として姿を変えているせいか、夕方にもなると酒を飲みに来る人たちで混雑を始める。
「ロクさん、よく食べますよね」
彼女の前に並んでいる皿が次々ときれいになっていくのを見て、実はひそかにいつも思っていたことを口にしてみた。
「センリが食べないだけでしょう」
「僕は、食事があまり好きではないので」
「……食べることは欲求よ。嫌いになったら人として機能しなくなるわ。なぜ好きじゃないの?」
ああ、しまった。
「センリ?」
地雷を踏んでしまったようだ。ロクさんは僕より二つ年上で、僕のことを何かと気に掛けてくれる。むしろ教育されている気もする。
「実は僕、……」
そこで、深刻そうな顔をしてみる。
「幼少の頃食道を魔導で焼かれてしまって」
「馬鹿なこと言ってないで食べなさい。食道のない人間はそんなサイズにはならないわ」
「……はい」
今は、昔ほど食事も嫌いではない。ロクさんとする食事はとても楽しいから。
ただ、やっぱり身体は拒絶する。食を。ひいては、生き続けることを。
「そういえば、どうして作業着なんて着てるの? 魔導師のくせに」
「……」
「私に沈黙が無意味なのは理解しているでしょう」
「……これなら、とても魔導師には見えないでしょう?」
これは、本当だった。
魔導師に見られたくないが為につなぎタイプの作業着を着ている。
「ごめんなさい、センリ。私勘違いしていたわ。魔導師はみんな自分の力をひけらかしたい人種だと思っていた」
申し訳なさそうに僕を見るロクさんは、それでも探るような眼をしている。
「……だから、小遣い稼ぎの為に僕を魔導大会に参加させるのはやめてくださいね」
「……センリなら優勝できるわ。やりなさい」
「人が増えてきましたね。そろそろ出ましょうか」
「センリ!」
呼び止めるロクさんをそのままに、僕は会計を済ますと先に外に出る。
「センリ!」
「はい」
「私は何も、小遣い稼ぎの為だけに大会に参加させようと思ったわけじゃないのよ」
「気にしてませんよ。参加しませんから」
ロクさんは変わらず睨むように僕を見ている。でも僕は気付かないふり。
「あなたの過去に干渉しないと言ったけれど、正直心配なのよ」
「……」
「私が知っているセンリはその名前と魔導師であることだけだから」
「……素性が知れないならいずれ裏切られる可能性があるから、ですか?」
「センリ」
僕が自嘲気味に放った言葉に、ロクさんは珍しく怒りを露にした。途端に呆れ顔。
「私はそんな可能性がある人間と行動しないのよ、センリ」
一瞬、泣きそうになった。
「私がこの世で一番嫌いなのは私利私欲に染まった人殺し。センリは、人殺しなんてしないわ」
ああ、ごめんなさい。ロクさん。
ロクさんを裏切るつもりはこれっぽっちもないけど、僕はロクさんが世界で一番嫌いな人殺しだよ。
end
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神様の独り言 2010.7.1
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