蝉が鳴く。風が吹き抜ける。入道雲が影を作る。俺の足の裏は皮が剥がれそうなくらい熱い。厚いのに熱い。暑い。夏が、俺たちの夏が流れていく。
「川嶋。見ろよ、あれ。野球部の連中しんどそう。笑える。真夏にあの格好はないよな。俺達なんかパンツ一丁なのに」
指を差して笑いながら同意を求めるが、川嶋は真面目な顔をして溜め息を吐いた。俺はすぐさま言葉を続ける。
「そうやって濡れた髪と流し目で数多の女の子を陥れて来たんだな、お前は」
「どんな妄想だよ。髪が濡れてるのは仕方ないだろ、水泳部なんだから」
「ああ。そうだ、俺水泳やめるんだ」
「あ?」
何気なく溢した言葉に、川嶋はガラの悪い切り返しをした。中学の時は不良だったんだ。そうに違いない。
「だから、やめるの」
相変わらず野球部を指差して笑いながら、一言一言をはっきりと分かりやすく区切った。
「なんで?」
「だって女の子にモテないんだもん。こんな変態みたいな格好してる男より、真夏なのに長袖長パンの野球部とか、暑苦しいソックスはいてるサッカー部の方がモテるんだもん」
「あの怪我のせいか?」
川嶋の声が深刻になる。
「違うよ」
つられてなのかこの雰囲気のせいなのか、俺の声も深刻に聞こえる。
「でも、あれからお前泳いでないじゃん。ここに顔は出してたけど、泳いだとこ見てねえよ、俺」
「気のせいだよ」
「怪我のせいなんだろう?」
「違うよ」
語気を強めるけど、川嶋は食い下がった。怪我が悪いんじゃない。怪我をした俺が悪いんでもない。
「俺がお前に、怪我なんかさせたから……」
「いい加減にしろよ、お前。怪我したのはお前のせいじゃないし、水泳やめるのは女の子にモテないからだし、そのことでお前が責任感じる必要はない」
「でも、あの怪我は」
「しつこいな、お前も」
カッと頭に血が昇って、フェンスにかかっていたタオルを地面に叩きつけた。濡れていたそれは大袈裟な音を立ててへたりこんだ。
「俺には優秀な子孫を残すという使命があるの。水泳じゃモテないからやめるだけだっつうの。自分のせいとか自惚れんなよ。勝手に俺捕まえて悲劇ぶってんじゃねえよ、面倒臭えな」
早口でばーっと言い切ってしまうと想像以上にすっきりした。でも同時に頭の血も引いてすうっと一気に冷静になった。川嶋は呆然としていた。
「俺だけの問題だし、どうせ俺に全国とか無理だったし。甲子園にはたっちゃんが連れていってね!」
「俺あっちゃんだし。水泳部だし」
「日本一にならなかったら、寿司おごれよ。回らないとこの」
「この町にそんな寿司屋ねえよ」
ふざけあって笑いあって、足の裏の熱いのもいつの間にか忘れてしまった。
蝉が時雨を降らせて、じわりじわりと、西の空のように夏が暮れていく。入道雲を差し置いて夏空を独占する太陽は、甲子園への道をきらきらと乱反射させた。
ああ、俺たちの夏が流れていく。
end
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神様の独り言 2010.7.1
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