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 本日最後の搬入が終わったところで、運転席に乗り込もうとすりと日陰のベンチに見知った制服姿を見付けた。
 近付きながらよく見てみればそれは俺の恋人であるなつみちゃんと、その友人の咲ちゃんだった。
 泣いているようなので話を聞けば、どうやらフラれてしまったらしい。俺はこの顔と紳士的な言動のおかげでフラれたことはなかったが、フラれるというのが悲しいことであるのは解っている。それが特別に好きな人であれば尚更。
 俺は咲ちゃんに言葉をかけ、ココアをあげるべく先ほど自分が補充した自販機へ向かう。
 すると自販機に二人の男性が屯していた。一人は中年で、洋梨のような体型をしている。もう一人は俺よりも少し年上だろうか。そこの建設現場で働いているのか、腕捲りして曝け出された腕が逞しい。
 そこまで考えて思い出した。この中年男性に見覚えがあると。
 歩く様はどちらかと言えば転がっているに近く、アクエリアスを持つと爽やかさより暑苦しさが増し、作業着の他に似合うのはアロハシャツくらいだろうといった風貌のこの男性は、以前からよく見かける。間違いない。そこの建設現場で働いているおじさんだ。よく挨拶をするからお互いに顔を覚えてしまった。
 すると若い方の男性が俺に気付く。

「どうも」

 俺はいつもより少し控えめのトーンで挨拶をした。

 ○

 今日の仕事も終わり、着替えも終わって公園の出口へ足を進めると、そこには伊東さんがいた。
 伊東さんは自販機の前で指をうろうろさせていて、何を買うか迷っているようだ。

「伊東さん」
「藤村くん。何が飲みたい?」
「奢ってくれるんですか?」

 僕が訊ねれば伊東さんはうん、と頷く。

「じゃあアクエリアスを」
「俺はポカリ派なんだけどねえ」

 そう言いながら僕のアクエリアスと自分のポカリのボタンを押す。がたん、と勢いよく落ちてきたそれを拾い、渡してくれた。

「ありがとうございます。……あ」

 僕の視界に入ってきたのはコカ・コーラのお兄さんだ。僕は慌てて伊東さんを見る。
 伊東さんは口をぽかあんとさせてお兄さんを見ている。お兄さんは遠慮がちに会釈をすると、自販機に千円札を滑り込ませて冷たいココアを三回押した。もう一度お辞儀をして立ち去ろうとするお兄さんを、伊東さんは呼び止めた。

「お兄さんは恋人いらっしゃるの?」
「はあ、まあ」

 明らかに不審人物を見る目で伊東さんを見返すお兄さん。それもそうだ。無理もない。いきなりそんな質問をされたのでは動揺が隠せないだろう。

「あ、兄貴!」

 聞き覚えのある声に振り返れば、そこには目元を真っ赤に腫らした我が妹が立っていた。隣にいるのは友人であろう。

「なんでお前がここに?」そう言い切る前に、その友人が驚愕の声をあげる。

「お父さん!」
「お父さん!?」

 その言葉に更に驚いたのはコカ・コーラのお兄さんだ。友人と伊東さんを交互に見ている。もしやお兄さんの恋人とはこの友人のことではないだろうか。
 伊東さんをちらりと見やれば、なにか悟ったような表情をしている。

「藤村くん」
「なんでしょう」

 ああ、なんて。なんて不毛なのでしょう。なんて世間は狭いのでしょう。

「おじさんの不毛な恋のメロディー、今後ともよろしくお願いします」
「聞きたくありませんでしたよ!」

end

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(C)神様の独り言 2010.7.1
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