足はまだ動く。得物だって振れる。頭ではきちんと先を考えられる。大丈夫、私はまだ、狂っていない。
○
腕を見込まれた者は屋敷の奥に入り、西軍の統領の護衛をしている。私もそれに任命された。好都合だ。でかい城ほど内側から崩しやすいものはない。どんなに屈強な強者でも、信頼を置く者の前では本来の力の半分も出せない。だから、仲間がいると人は強くもなれるし弱くもなるんだ。
まずは、一歩。
「北軍はまだ攻めてこないの?」
「怖気づいたのかもなあ。これだけの数だ」
自信有り気に答えたのはガタイのいい男だった。私はそれを見て思わず失笑した。自然に漏れた笑みだった。
「何が可笑しい?」
戦も始まらないからか苛立ちを感じていたらしいそいつは、面白いくらいに餌に引っ掛かってくれた。
「この軍のこの実力で北の連中に勝てると思ってるわけね」
「何言ってやがる」
「アンタ達なんて所詮東と南の落ち武者でしょう。そんなもの掻き集めたって戦力は変わらない」
「何だと!」
餌をバラ撒けばバラ撒くほど食い付いてくる。扱いやすい男だ。私は左足を半歩下げる。
「バカなアンタに一つだけいいことを教えてあげる」
私は後ろで驚いている他の兵達をちらりと見てから再び口を開いた。
「今夜北は攻めてこない。西は明日の朝には滅んでいる」
「は……?」
一瞬時間が止まった。しかしすぐにそれぞれが得物を掴み私を警戒しているのがわかった。
「貴様北の人間か!?」
「北の人間はこんなことはしない。人殺しが好きな連中の集まりだからね」
「では何者だ!」
部屋中の視線が私に集中する。そのどれもが私に殺意を抱いていて、醜かった。必要ない。人殺しは必要ないのだ。
「世界は汚い。人殺しが日常になっている。何故か? 根本を考えたの」
あんたらに解る?
「人殺しがいるから汚いのよ。私は、人を殺さぬ世のために動いている」
全員がしん、と静まった。信じられないと言うような。否。どちらかと言えば私の言っていることが理解できてないように見える。
「そんな時代が、本当に来ると思ってるのか?」
「何百年も戦を繰り返して統治してきたんだ。人を殺す奴が居ない世界なんてありえない!」
男たちは口々にそう言った。だから、ずっと言っているのに。
「人を殺さぬ世に、人殺しは必要ない」
言って直ぐに得物を目の前の首を狙う。ごとりと重たい音が部屋の空気を支配した。そして内紛は始まった。
○
丑三つ時。真っ暗闇の中にそれは煌々と輝いていた。東の土地に残る者も南に残る者も、北の砦に腰を据えている連中もその光を見ていた。
西が滅んだ。
「おい加瀬! 何やってんだ、あいつを探しに行かせろ! もたもたしてたら手遅れになるぞ!」
相変わらず派手な髪をした男、仲澤は司令室に居るであろう指揮官の加瀬を怒鳴り付けた。しかし部屋から返答はなく、代わりに彼の右腕である山崎が出てきた。
「加瀬は?」
「中に居る」
「俺たちに指示を仰げ! 何やってんだよ!」
山崎の胸ぐらを掴むと、彼は無表情で仲澤を見る。
「検討している。お前達は来たるべき大仕事の為に力を貯えていろ」
山崎はそう言うと仲澤の手を外し、また部屋の中に入って行った。
残された仲澤は苛立ちを抑えきれずに壁に拳を叩き付けた。
「なんでだよ。来たるべき大仕事? もう、意味わかんねえよ」
昨夜、窓の外から西の城を見ていた。明かりが点いていたから何か仕掛けてくるのではと警戒をしていた。ところがどうだ。数時間待ってみれば、城は真っ赤な炎に包まれた。彼らは、国が滅びるのを、目の当たりにした。
炎が消えたのはその一時間ほど後。楽器を弾きにいくがてら様子を見に行った野上によれば城だけではなく、城下町までもが跡形もなかったらしい。
次に来るのは、確実に北だ。
何を考えているのかさっぱり解らないあの女に、仲間を殺されることが、仲間を殺すことがどういうことなのか知らしめてやるんだ。
いつでも来い。
絶対に殺してやる。
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神様の独り言 2010.7.1
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