あれから僕はジャッカルの鞄の中に毛布を見つけると二人を包んだ
十字架の真ん中から動かすことは出来なかった
無論、二人を引き剥がすことなんてもっと出来なかった



二人の切ないくらい綺麗な笑顔を数秒見つめた後僕は一人で歩き出した

ずっと泣いてる訳にはいかなかった
歩いていかなかければ
僕も仁王に会う為に
宍戸君がずっと長太郎君を待ち続けていたように
ジャッカルの為にも
僕は仁王に会うしかなかった


今まで僕は半日で幾多の死を見てきた
惨い死
後押しされた死
そして美しい死


人の死に様はこれまでにも違うかと思った


もうふらふらしなかった
しっかりした足取りで前に進んでいた

どこに行っていいのかは分からない
だけど歩き続けた



ふと気付くと前に震えて蹲る影があった


両手で銃をきつく握りなおすと静かにその影に近寄った



『……葵、君…?』


僕の声に過剰反応した葵君は飛び上がるように振り返った

そして葵君が振り返った瞬間に倒れる一つの体が見えた



「ユウ君、僕……僕っ!」


倒れているのは六角の部長、佐伯君だった
葵君の側に銃が落ちていてうっすら頬に血がついていることから多分佐伯君は葵君に…



『大丈夫っ…。大丈夫だから…』


何が大丈夫か分からない
だけど震える葵君の肩を持つと小さく揺さぶった



『仕方ないことだよ。ここは狂ってる。殺さなきゃ……』


仕方がないで済まされるこの世界は悲しいけれど…
事実だった…



―ん…?

ふと違和感を感じた
違う
何かが違う

佐伯君の体から流れる血は既に色が変色していた

今まで僕が見てきた鮮明な血とは違う
既に空気に触れて時間が経っているような…



一つの答えに行き着いた時僕はすぐに葵君の肩を押し返した
一歩後ろに下がって葵君に銃を向ける


もう人に銃を向けることに慣れてしまった自分が悲しくなった
このまま一人殺せば人を殺すことにも慣れてしまうのだろうか?



「なんだ、バレちゃったか…」


葵君は残念そうに呟いた

「これで引っかかる人結構多かったんだけどなぁ…」


葵君がふと視線をずらすとそこには僕の視界には入って居なかった死体の山があった


「優しそうな人は皆引っかかったよ」


葵君が笑顔で名前を挙げていく


「比嘉中の甲斐君でしょ?氷帝の樺地君、青学の河村君が一番最初だったかな?」


既に葵君は何人もの人を殺めていた
そして


「立海の柳生君も引っ掛けたんだんけどね、彼とんでもない人だった」


ここに、
柳生も来ていた


「紳士だから引っ掛かると思ったのに、僕の目を見てそうそう銃口を向けたよ」


似非紳士め―と葵君は呟いた


『柳生…、柳生どっちの方向に行った!?』


葵君に問いただすと「あっち」と指を指した


僕は柳生が消えたであろう方向に走り出す
柳生に会えば仁王にも会える気がする
一人より二人のが心強いのは確かだ


後ろから銃声が響く
数秒後に僕の左腕が熱くなった


『え……』


左腕を見ると真っ赤な雫が腕を這っていた


『…っ』


振り返ったら葵君が不敵な笑みでこちらを見ていた


「死ねばよかったのに」


そう言ってもう一度葵君が銃を構えたから僕は全力で走り去った
何度も僕の両脇を銃弾が転がるけれどさすがに5m以上も離れたら飛んでこなくなった



とにかく
僕は柳生を探すしかない

キョロキョロとあたりを見渡していると放送がなった


毎回このタイミングは緊張する
誰も死なないでくれ。と言う気持ちと
放送の中の名前に立海が無いことの安堵してしまう気持ち

本当は誰が死んでも悲しむべきはずなのに…


今回はさっき葵君が殺した二人の名前が上がった
そしてジャッカルの名前も……

やっぱりジャッカルはあの後リョーマ君に…


ジャッカルの声が脳内に響く

行かなきゃ
放送がプツリと切れたあと再び走り出した


ふと太陽の日差しが強いことに今気付いた
そういえば…暑い…



『はっ!』


僕はビルや建物の陰を入念に調べた
暑いのが苦手な仁王だから…
きっと今だってこうして涼しい場所で……



『居た……』


ビルの死角で壁にもたれて座っている銀髪を見つけた
こんなにも早く会えるとは思ってなくて思わず立ち止まってしまった



「なんじゃ、ユウか。驚かせなさんな」


眠そうに目を擦った仁王はポンポンと自分の隣を叩いた

だけど僕はすぐには近寄れなかった
仁王が正気なのかは今の時点では分からない
人を疑うのに慣れてしまった瞬間だった


いつもなら喜んで駆け寄るのに
ただじっと見つめてるだけの僕に仁王は寂しそうに微笑んだ


「おまんは色々見てきたようじゃな」


その問いかけにコクリと頷いた


「俺も見てきたぜよ。ここに座りながら」

少し見える大通りには幾多もの血痕が残っていた


「大丈夫じゃ、殺すことはなか。おまんを殺した時には俺も死ぬけぇ」


仁王のその言葉に少し警戒心を解いて隣に座った
そして今まで見てきたもの全てを話した


最初に見たのは幸村の屍だったこと
次に見たのは菊丸君が白石君に撃たれてたこと
そしてジャッカルの死
宍戸君と長太郎君のことも全て話した


仁王も僕に話してくれた
ここを逃げ惑う人の数
後ろから追いかける人の笑み
その度に膝を抱え空を仰いだ


『宍戸君と長太郎君……こんな世界じゃなかったら…』


今でもあの死に痛みを感じる
初めて目の前で人が死んでいくのを見た


「そうじゃのぅ…」


仁王の頭がふわりと僕の肩に乗った
その瞬間僕は一気に身を翻して後退した
瞬時に銃を構えて声を震わせる



『なん、で…やぎゅ…』


仁王じゃなかった
柳生だった


ペテンに掛けられるかもしれないと言う懸念は密かにあった

柳生の香りがした瞬間、それは確信になった


「バレてしまいましたか…でも私はユウ君を殺すつもりはありませんよ」


柳生に戻ってジャージに付いていた土を払うと柳生は立ち上がった


「ユウ君ならすぐに仁王君を見つけると思ってました。
しかし私を見つけることは困難かと…」

『だったら見つけた時僕にイリュージョンだって…』


柳生が僕の言葉を制した


「貴方の目には、仁王君しか映ってないじゃないですか」


柳生の眼鏡の奥の瞳が初めて見えた
仁王と同じ、蒼い色
鋭くて、僕を射抜く


「仁王君に成り代わることが出来るくらい私と仁王君はそっくりなのに
貴方は仁王君しか見えてない…」


少し俯いた後、柳生は


「好きなんですよ、貴方が」



静かにそう言った


『え…』
「ユウ君は普段に仁王君しか見てませんからね、私の視線に気付かなかったのでしょう」


―こんなにも、思っているのに



「さぁ、行きましょう。仁王君を見つけ出すのが先決です」


柳生が右手を差し出した
僕はそれをどうしていいか分からずただ柳生を見つめる


「…やはり仁王君なのですね…」


傷付いた顔で柳生は言った


柳生が歩き出したのを見て僕も後ろをついて歩いた
もうほとんど全てが信じられなくなっていた
柳生がここまでして僕のことを好きだったなんて知らなかった
こんなことが無かったら今後も一生知らなかっただろう



見通しの良い道路に出て気が付いた



夜はもう、すぐそこまで近付いていた……


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