コート外のヘタレ師
10/30



『におー、かえろー!』


部活終了のチャイムを聞いて教室からダッシュした僕は大好きな仁王の居るコートに走った


「九条!まだ部活は終わっとらん!」
『うげ、真田…』



定刻通りにテニス部が終わる訳もなくまた真田に怒られた
だって待ってらんないんだもん


教室で待つ時間は嫌いじゃない

だけど後少しって所で待てなくなるんだ



「もうちょいじゃけぇ、待っててな?」


仁王スマイルを貰うと僕も頷く

素直に頷いた僕に真田はまた小言を言ったけど幸村君に睨まれて口を噤んだ



暫く打ち合ってるのを女子達を観戦しながらぼーっとしていた


ほんと、テニス部って人気あるよなぁ…


このフェンスを囲うように見つめる女子を見てそう思う


皆それぞれ好きな部員が居るのか視線は違う方向を見ている



幸村が皆を集めて暫く話をすると各自バラバラと解散し始めた
仁王が手招きをして僕を呼ぶのだがコートに部外者が入って良いものかと躊躇う


「どうぞ?」

そんな僕を幸村君は迎えてくれた
あの王子スマイルで


『ありがとう』

へにゃりと笑い返すと幸村君はさらに微笑み返した
(彼のスマイルの上限はどこまでなんだろう)



「ほな帰るかのぅ。」


微笑みバトル(?)をしてる内に仁王は既に着替えてて
鞄やら荷物を全部持って僕の前に立っていた

『じゃーねー!幸村君』
「あぁ、また来るといいよ」

またまた微笑み
ほんと、観てて飽きないな、幸村君は



「なんじゃ、幸村と仲ええのぅ」
『そ?幸村君の笑顔が魅力的だったから』
「浮気か。」
『違うって』


他愛もない話をしながら帰り道を歩く
今日は真田が不機嫌だったとか
ジャッカル君がいつにも増して酷い扱いだったとか

いっぱいテニス部の話をしてくれた

だから僕も今日あったことを沢山話した

毎日毎日こんな感じ

毎日一緒に帰ってるのに話題は尽きない
なんでだろうね?

たった半日なのに仁王と話さなきゃ!って思うことは沸いて出てくるんだ

話せる時間はこの帰り道のわずかな時間だけなのに

話題は朝も昼も夜も出てくる


怖い夢を見たとか
お弁当を間違えて父さんの持ってきたとか
おもしろいテレビがあったとか


いっぱいいっぱい話したいことはあるのに

「じゃ、気をつけて帰るんじゃぞ」
『うん。』


帰り道はすごく早い


別れた後に

『あ、あの話してないや』


とか思い出すことも多くて


『また明日しなきゃね』


と一つ、話さなければいけない話題が増える


また明日
その明日が続いていったら幸せだったんだと思う


その日
僕が普段と違う行動さえしなければ

僕は知らないで幸せだったかもしれないのに…





「え?マジで付き合ったの?」
「らしいよ」


いつもみたいに仁王を待ってる放課後
なんだか教室に居るだけじゃつまらなくなって探検しようなんて思ったことが間違いだった



「罰ゲームなのにかれこれ一ヶ月らしいぞ」


そんな会話を聞いて僕は不快に思った


「マジかよ。仁王の奴。よくやるよな」


『え…』


そのまま教室の前を通り過ぎようとすると
仁王の名前が出てきて足が止まった



仁王?

今仁王って言ったよね?


確かに聞こえた仁王の名前

そしてその仁王と一ヶ月前から付き合ってるのは…


『僕…?』



咄嗟に身を屈めて座り込んだ



「罰ゲームでもやらないって」
「あー。でも俺ユウならありかも」
「マジかよ!」


下品な笑いが教室に響く


体が震える
俯いた顔から涙がこぼれそうになった


訳が分からなくなって
立ち上がった僕は

自分でも信じられない行動に出た



『へー。罰ゲーム…』

「え、ユウ!!」
「ちがっ」



たぶんぼーっとしていたに違いない


『おもしろいゲームだね。僕も混ぜてよ。』


虚ろ気な目で二人を見ると震え上がった



怒りが駆け巡る
どうして良いか分からず近くにあった机を蹴飛ばした


そんなんじゃ収まりきらない怒りと悲しみ
絶望
悔しさ



この吐き出し方を知らなくて
一気に押し寄せる感情に自分がコントロール出来なくなった



『ねぇ、それ。楽しい?』

「は…たのしくなんか、…っ!』



―遊ばれてたんだよ。


誰かが僕に言った


馬鹿なのは僕なのか?
常識的に考えて
男と男が付き合うのなんてありえなかった


舞い上がって
喜んで

それを見て笑ったのは誰?



『もういいや…』
「え…?」


もう、いいよ



『消えていいよ。』


何も言えなくなって窓際に座り込んだ


青い顔して出て行った二人を見ると一気に力が抜けた


罰ゲームって何さ
…なんで僕だったの

酷だね

仁王は知ってたのかな?
僕が昔から仁王のこと好きだったってこと

知っててやったなら
ほんと詐欺師


『馬鹿、だよね』

馬鹿はどっち?



『帰ろ…』


思いの外冷静で
ぼーっと空を見つめた僕はふと「帰ろう」と思った

体から全て抜けた感じ



いつもなら駆け寄るコートにも顔を出さないで
仁王にも何も言わないで僕は学校を出た


一人帰る帰り道
歌とかでよくあるけど本当に遠いんだね


全部演技だったのかな?
幸村君に嫉妬した仁王も
楽しそうにテニス部の話をする仁王も

全部演技だったのかな?


『あぁ、仁王詐欺師だっけか…』


今更ながらに彼の異名を思い出して自嘲した



家に着くころには頭も真っ白で

いっそこのまま記憶も消えてしまえば良いのにと思いながら
無駄にハイテンションになっていく自分が居た


忘れよう
無かったことにしよう

そうできればいいのだけど
できないのが人間の性で


『寝る、か』


何も考えたくなくて寝逃げすることにした


大丈夫、寝たらきっといつもの自分に戻ってる
今までだってどうだったから

きっと大丈夫


そう自分に言い聞かせて眠りについた













「38度ね…休みなさい」
『へーい…』


妙に頭がぼーっとすると思ったら倒れた
すっ飛んできた母さんに熱を測られてあらびっくり

だけど熱が出るようなことはしてないし…
そう言ったら母さんに
「ストレスや考えすぎで熱が出ることもあるのよ」

そう言われた

さすが我が母
鋭いことを言ってくれる


僕の枕元に必要なものを置いていくと仕事があるから。と家を出て行ってしまった
昔からそうだし慣れてるんだけど

一人の部屋はやっぱり寂しい

中学生にもなっておかしい?
孤独はいつもついて回るものだ


携帯を開いて
とりあえず誰に連絡しようか迷う


仁王には連絡取りたくないし
だからと言って仲が良い友達に言うのも心配させそうで気が引ける


ふと頭に浮かんだ幸村君の笑顔を思い出して僕は幸村君のアドレスを電話帳から呼び起こした


初めてのメールが「休みます」なんておかしいけれど
一応僕が居ないことを誰かに知っておいてほしい

別に見舞いに来てほしいわけじゃない、決して



『ゴホッ、ゴホッ……ありゃ?知恵熱なのに咳が出るよ…?』


なんだかめまいもしてきて気持ち悪くなってきた


仕方が無いので薬を飲んで布団に入ることにした


布団の中でぼーっとしていると外が騒がしい
外って言うよりも…玄関の外?

がちゃがちゃとドアノブを捻る音


『嘘、やめてよ…今強盗とか来られても勝てない…』


とりあえず何故か枕元にあったバットを握る
母よ、なんの為に枕元にバットを置いたのだ…

だけど鍵も掛かってるし入って来れるはずがない

ドアノブを捻る音も次第に聞こえなくなり
僕は安心して再び布団に入った


ガンガン―

『ひょえぇっ!』


今度は扉と反対側
すなわち窓から音が聞こえて飛び上がる


カーテンの閉まりきってる窓から確かに聞こえる音


再びバットを握り窓に近づくとようやく聞こえた


「ユウー。起きてるかぁ?」


気の抜けた仁王の声


窓に近づきかけた体が後ずさりした


会いたくない
会いたくない人が我が家に来た


これはどの強盗よりも性質が悪い


僕は知らないフリをした
仁王の声は聞こえないし
そこに仁王は居ない

よし、そうだ。そのまま布団に戻るんだ

寝よう、寝ればきっと仁王もいつの間にか帰って、るっ…?


気がついたら世界が反転した

天井が見える




『あ、倒れる…』


そう思ったときには遅かった
既に凄まじい音と共に僕は床に倒れていた


「ユウ!!?」


窓の外から仁王の声が聞こえる


頭が痛い
打ち付けた腰が痛い


「緊急事態じゃけぇ、許してくんしゃい」



よく分からない謝罪の後に聞こえたのは耳をつくようなガラスの破壊音


それを引きつれ仁王がかっこよく僕の部屋に登場した



「ユウ!」
『ほぁ、におー…』


何してんだよ
ガラス割るなよ

あー、部屋中ガラスまみれじゃん…


そんなこと考えていると仁王が僕を抱えた


「どこ打った?大丈夫か!?」


焦る仁王
らしくないなぁ…


『優しくしなくていいのに…』


ポツリと出た言葉は仁王に疑問をもたらした


「どういうことじゃ?」


怪訝そうに聞く仁王



『罰ゲームだって、最初に言ってくれればよかったのに』


そうすれば僕だって
協力出来たし、傷付かなかった



『ごめ、マジでだるいや…帰って』

仁王の腕から体を捩じらせて出ると布団までふらふらになりながら歩いた



布団の中に入ると仁王に背中を向けて横になった



割られた窓から入る空気が寒い

ばかやろ…割らなくてもいいじゃんか…



心で悪態つきながらも仁王が立ち上がった音を聞いて案外あっさりしてるな。と思った


もう少し釈明とか言い訳とかしてくれれば良いのに
なんだかそれはそれで寂しい感じがした



入って来た時同様に窓から出て行くと仁王は帰って行った




『なんか言えよ、馬鹿…』


なんか言ってくれれば
僕だって文句の一つでも言えたのに


『黙秘権とかずりぃよっ…』

布団が濡れて気持ち悪い
外の空気が涙を冷たくする



『大嫌いだ、ばーか…』


そう呟いた瞬間だった


ドサドサドサッッ


『何事!?』


号泣しかけた涙が止まるくらいの落下音

振り返ると息を切らした仁王がありったけの風邪薬を床にばら撒いていた



『え、いや。ちょ!』

ガラスの次は薬ですか!と文句を言おうとした時


「罰ゲームなんかじゃなかっ!」


仁王が僕の胸に飛び込んできた



「俺がゲームに負ける訳ないじゃろ…」
『は…?』

「常勝が掟の俺等なんじゃ、ゲームでも負けてええ訳ないじゃろ」

『ちょっとおっしゃってる意味が…』


素っ頓狂なことをおっしゃる仁王君


「罰ゲームなんかなくても、俺はユウに告白するつもりじゃった」
『へ、へぇ…?』

「結果罰ゲームっちゅー案が先に出てしまったけどそんな生半可な気持ちじゃなか!」


普段では考えられないくらい叫ぶ仁王に何故か僕が焦る


『や、僕は別に…』
「じゃけぇ別れるとか言わんで」
『一言も言ってないんだけどな…』


どうしたものか
何故詐欺師がこんなに弱弱しい姿なのだろうか?


「別れるとか言うたら、俺…死んじゃうぜよ…」


猫みたいに頬を摺り寄せてくる仁王


…なに、この可愛い子!


ぎゅぅと力を込めて抱きしめるせいでだんだん僕の気道が狭まっていく


『う…におー君、くるし…』
「別れへん?」
『別れないから!離してっ』

悲鳴を上げる喉がようやく開放されて空気を吸い込む


冷静になった所で部屋の散らかりように目を疑った


仁王登場と共に割れた窓ガラスの上には
2度目の仁王登場と共に落とされた幾多の薬の数々

加えてプリンはヨーグルトがこれでもか!ってくらい転がっていた


「ごめん…。」
『ん。もういいよ』


なんだか怒る気も失せてしまって
一度失ったはずの信頼もこの部屋の状況を見れば昨日のあいつ等の話だって遠い昔のように思えてしまって



『部屋汚いんだけど…』


笑えるようにまでなった


「すまん。窓は弁償するけぇ」
『別に割って入ってこなくても…』
「必死じゃったもん」

仁王の綺麗な頬が切れてることに気付いてため息をつく

ふっと笑うと仁王は不思議そうな顔をして首を傾げた


『ったくも…救急箱どこあったかなぁ?』


リビングの方まで歩いていくとふと机にあるものが目に付く


『母さん…』


いつ置いてったか分からない大量の薬
そして置手紙


"なるべくはやく帰ってきま"


最後まで書き終えることの出来なかった手紙に笑いがこぼれる


『はい、におー。こっち向いて』


罰ゲームにされた憎しみを少し込めて仁王の顔に可愛いキャラクターの絆創膏を貼ってやった


それ見て皆に笑われるといいよ。
そう言うと仁王はふにゃっと笑った



『今度また変なこと聞いたら問答無用で別れるから』
「絶対ないから安心しんしゃい」
『どーだか、詐欺師でしょ?』
「コートの上だけじゃ」

そうだか。と視線を送ると泣きそうな仁王



『ま、いいや。なんか熱上がってきたっぽいから寝るね』
「おん。おやすみ」


一緒に寝ようとする仁王を一発殴りながら結局二人で布団に入った




もう少し
怒れたのになぁ。

不服を心の中で漏らすと


布団の中で仁王の心地良い呼吸音が聞こえた





―コート外のヘタレ師―

(おまん等にゲームで負ける訳ないじゃろ)
(は!まさか仁王わざと!)
(汚ねぇよ!騙してたなんて!)
(プリッ)




-----------------------

長いよ。
びっくりしたよ
今までにないくらいにまとまらなかったよ

仁王さん
自由に荒らさないでください←

おわり



     







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -