■ 修学旅行の夜に

修学旅行の部屋割りで男子は大部屋に十人前後で放り込まれた。畳に敷かれた布団の上で枕投げをしたり女子の噂話をしたりと騒いでいたが、消灯時間を過ぎてしばらくすると部屋の中は級友たちの寝息しか聞こえなくなった。
しばらくそうして深夜の宿は静まり返っていたが、ふと廊下を歩いている足音が耳に入る。足音はゆっくりと近づいてきて、それに伴いくすくす笑いながら話す女子の声が聞こえた。

女子!
意識は足音と声に集中せざるを得ない。こんなこと他校に通う彼女に知れたら殺されるかもしれないが修学旅行のお約束ということで許していただきたい。
足音は遂にこの大部屋の入り口で止まった。女子たちはくすくす笑いながら部屋の中に入った。人数は三、四人ほどだろうか。
部屋に入ったものが、クラスの女子でないことはすぐにわかった。というか声が廊下から部屋に移動した瞬間、体が恐怖で凍り付いた。

何故扉を開ける音がなかったのだろう。

声は女ではなく、子供のものだった。少年か少女かもわからない、あどけない声と話し方で彼らは笑い合った。くすくすと控えめであった彼らの笑い声は、もう無遠慮に大声できゃあきゃあとはしゃぐ声に変わっていた。

子供らは楽しそうに笑いながら、鬼ごっこしたりだるまさんが転んだをしたりして楽しげに遊び始めた。
甲高い笑い声が耳をさすたびに体が跳ねそうになって、必死に腕で自分の体を押さえた。
しばらくしてうるさく騒いでいた子供たちが次第に静かになって、走り回っていた足も止まった。


「どうするー?」
「だれにしようかー?」


そう言いながら彼らは部屋の中をうろうろと歩き回り始めた。布団を被って顔を隠したかったが、指をほんの少し動かすのも怖くて出来なかった。
足音が俺に近づいてくる気配がした。二人連れだってくすくすと笑いながら、俺の顔をのぞき込んでいるのが、瞼を閉じているのにはっきりとわかる。


「この人絶対起きてるよねー」
「ねー?」
「どうするー?この人にするー?」


子供特有の、きゃーっと甲高い、悲鳴のようなのに楽しそうな笑い声が部屋に響いた。
これはやばいと本能的な危険を感じた。その瞬間、


「うるっせぇええええ!このくそガキどもが!!」


普段は寡黙な友人がヒステリックに怒鳴りながら布団をかなぐり捨て、枕を子供の声がする方へ投げつけた。
ビーズの詰まった安っぽい枕が俺の頭上を過ぎて壁に強く当たり、床に落ちた。直後に部屋の電気が点いた。


「どうした!?なんだ何があった!?」
「うるせーのはおめーだよふざけんなよ!」
「えっお前聞こえなかったの?俺の中で福也は英雄だぞ」
「うわぁやっぱり気のせいじゃなかったのか」
「おい、今ので福也呪われたりしないか」
「明日寺行くしなんとかなるだろ」
「なぁさっき子供に狙われてたの誰だ?俺じゃないよな?」


子供の声が消えたのと引き替えに続々と目を覚ますクラスメイトたち。
体を起こして部屋を一通り見回した後、ふと視線を落としてみると隣で寝ていた友人が真っ青な顔をしてぶるぶる震えている。小学生の時から明らかに作り話の怪談を聞かされても本気で怯えるような奴なのでほっといていいだろう。
英雄である福也が腰を上げてのそのそと歩いてくるのが目に入り、俺は枕を拾って手渡した。


「ありがと」


それは俺の台詞である。そしてすぐに布団に潜って寝ようとするお前の神経は一体どれだけ太いのか知りたいくらいである。
英雄以外は無論興奮冷めやらず、自然と皆が部屋の中央に集まっていった。寄り集まって話し合ってみれば、子供の姿が見えたもの、声だけは聞こえたもの、全く何も感じなかったものといたらしい。
騒いでいると案の定生徒指導の体育教師が部屋に乗り込んできた。


「おいお前ら!何時だと思ってんだ!」
「せんせー!お化け出たー!」
「ああ!?男なら気にしないで寝ろ!」


絶対に信じていないこととはいえ、どう考えても先生の声の方がうるさい。これだから体育会系って大嫌い。
殆どの奴らが説教を始めた先生の方を見ているのに、何人かは違う方向に顔を向けていた。その視線をたどって見てみると部屋の隅で福也が布団に入ったまま枕に肘を突いて、何かぼそぼそ話している。奴の目の前には誰もいない。
話しかける勇気はなかった。先生が出て行くのと同時に、福也は「バイバイ」とでも言うように何もないところに向かって手を振って、何事もなかったかのように枕に頭を置いて目を閉じた。
同室の連中も電気を消すと何も言わずに布団に入っていった。隣で寝ていた奴が「手を繋いでくれ」と言ってきたので右手で左手を握って寝ろと言って背中を向けて目を閉じた。


翌日、寺を回っているときに昨夜のことを福也に訊いてみた。子供が遊び足りなそうにしていたから体育教師についていって遊んでもらえと言ったのだそうだ。
体育教師の様子を確認してみると、眠そうに何度も目をこすったり、貧乏揺すりをしたり腕組みをしながら指で腕を叩いたりイライラとした態度でいた。


「……で、今はどこにいるんだ」
「知らん」


とりあえず今は近くにいないということで安心することにした。
寺でお守りを買い、鞄に括りつけておいた。それから福也にわらび餅を奢って、修学旅行は終わった。正直他のことは殆ど覚えてない。

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