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巨木に吊した鈴が鳴らされたので、梟のオジイは玄関の扉を開けた。樹の下にいる客人を見ると思わず「おお!」と弾んだ声がこぼれ出た。


ジルとウルフの二人が中にはいるとオジイの家は随分狭くなった。
オジイはウルフの顔を見るなり自分の左頬を撫でながら首を傾げた。


「お前そのホペタどうした」
「ちょっとね」


紅葉模様のような手形に赤く腫れた頬を冷やしも撫でもせず放ったらかしにしているウルフをオジイが不可解そうに眺めていると、ジルが「猪鍋を持ってきた」と鉄鍋を突き出して言った。
三人は鍋を囲んで座り、火をつけて食べごろを待った。


「お前ら無事で良かったなぁ、心配しとったんだぞ」
「無事でもないけどな」
「そうね、これからだってどうなるかわかんないしねぇ」


二人の答えにオジイは眉をひそめてそれぞれの顔を確かめるように見た。ジルとウルフは真面目な顔をしてオジイの顔を見つめ返した。


「今さっきだって魔物に襲われたんだよ。こいつが通りかかったから良かったけど」
「魔王の手下が増えてきたらこの森も安全じゃなくなるぞ」


ジルが菜箸をとって器に猪肉と野菜を適当に盛ってオジイに渡した。それからまた同じように鍋に箸を入れて、ウルフの分を取る。


「そうかい」


オジイが言ったのはそれだけだった。東の森の入り口にウィアウルフの塔が建てられた頃から森の民たちは魔王の支配を恐れていた。魔王の配下の者たちが、森の入り口から中へ進入してきたとしても何もおかしなことは無い。問題はそれからどうして森を守るかである。


「塔の女どもを助けてきたのはお前だったらしいね」


オジイにそう言われるとウルフは一瞬チラリと視線を上げて、頷いてから肉を口の中へ放り込んだ。


「お前、これからどうするつもりだね」


訊ねた梟は答えを待って黙っている。訊かれた狼は肉を咀嚼しているので口を開けない。もとより関係のない兎は会話に入る気もない。
くつくつと煮える鍋の音が聞こえる静寂の中、言葉を発したのは兎だった。


「野菜も食べなさいよ」
「葉っぱじゃん」
「葉っぱ馬鹿にすんなよ!いいから食え!」


ジルが怒鳴り声を上げると、オジイがおいでおいでと呼ぶように掌を動かしながらジルをなだめようとする。


「ホレ、ジル。そんな怖い声出して脅かしちゃいかん。もっと優しくしないと、お姉さんなんだから」
「え?」
「え?」


箸を止めてオジイの方を振り返った二人が茫然とした目をしていた。オジイはジルの顔を見ながら、なんともないような表情で当たり前に話した。


「覚えとらんか。お前が三つか四つの頃狼の子拾ったから来ちゃいかんと言ったことがあったろう」


魂の抜けたような目にオジイの顔を映していたジルとウルフの二人は、口を開いてその隙間から漏れ出るように殆どただの音のような声を出した。


「…………あった……」
「年……上……」


鉄鍋の中で肉と野菜と豆腐がくつくつと煮えていた。



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