最初の晩餐


「魔王は必ず私が討ちます。予言者の方、私を信じてくださる王様、女王様、姫様、稽古をつけてくださった騎士団の方、それより何より、民の幸福のために」


「……とか超かっこつけて来ちゃったんだよ……どうしよう……」
「お前それは……キツイな」
「だろ?『すいませーん、行ったらもう魔王死んでましたーテヘッ☆』とか言えんわ」
「勇者なら言えるんじゃないですか?」
「やだ何この人怖い」


魔王を倒すべく旅に出て約半年、ようやく辿り着いた魔王城で、わたしは魔王の側近と新魔王と三人で食卓を囲んでいた。




あのあとすぐ、隠れていたらしい他の魔物たちが側近さんの号令で集まり、みんな先代魔王の首を見て大いに喜んでいた。わたしは竜の男が「魔王様!魔王様!」と祭り上げられているのを膝と手を床について聞いていた。

勇者として生まれ、魔王を倒すために生きてきて、そのために国が大金をはたいてわたしを育て、沢山の期待を背負って旅を始めて続けて、その結果が魔物に先を越されるとは、神様も天界でドン引きしてることだろう。
しばらくすると「食事の用意ができましたよ」と、側近さんに言われ、導かれるままにご馳走の並ぶ長テーブルに座った。
なんの配慮か、テーブルにはさっきまで大騒ぎしていた他の魔物たちの姿は見あたらず、側近さんと竜の男……魔王だけが座っていた。

側近さんがロゼワインを掲げると、魔王もそれに倣って、わたしも習慣から乾杯した。
沈んだわたしの様子を気遣ってか、ひどく重い空気の食卓だった。魔王がチラチラこっちを見てくるのが横目に感じられた。

気にするなよ……。もっと勝ち誇って嫌みな感じに尊大な態度取ってくれてたっていいんだよ。
わたしは一体何をしているんだ。今日この日のためだけに生きてきたようなものじゃないか。魔王を倒すために。魔物の暴挙を許さぬと、民の平和のためにと。剣の稽古はなんのためにしてきた?兵法の勉強は?このスープ超おいしい。勇者が別の者になるというのならまだしも、まさか魔物に先を越されるなんて。


「……あ、そうか」
「お?」
「魔王を倒せばいいんだ」
「え?」
「まさか勇者様……。お待ちください、落ち着いてください」
「そうかそうか。新しく変わっただけで魔王は魔王だもんね」
「ちょっ……落ち着け勇者。目が据わってるぞ」
「勇者様!」


側近さんが慌てた様子で椅子から立ち上がり、わたしの肩を掴んで向かい合った。
わたしの瞳を覗き込むように睨んだとき、側近さんの紫色の瞳がぎらりと光った。が、見つめ返すとバチッと静電気のような音がして、側近さんは目頭を押さえてわたしから退いた。
わたしは口元にひきつった笑みを浮かべ、剣の柄に手を置いたまま魔王に近づいていった。


「待って勇者様!落ち着け話せばわかる!」
「問答無用!」
「落ち着けって!」


わたしが剣を振り上げたのとほぼ同時、魔王が手を挙げて黒い光の球を壁に撃った。
小さな魔法弾はわたしの短い髪を掠め、派手な音を立てて壁を一面打ち砕いた。

わたしはしばらく剣を振り上げた体勢のまま硬直し、やがて黙って剣を鞘におさめた。そのまま踵を返し、もとの席に着いた。


「落ち着きました」
「そうか。それは良かった」
「エヘヘ」
「いやそんな可愛くごまかせるようなことじゃなかっただろ。オレびっくりしたわ。初恋のときもこんなにドキドキしなかったと思うわ」
「あたしもびっくりしたわ〜。なに今の。魔王さまこわ〜い」
「私も驚きました」


目を労るように、閉じた瞼を撫でていた側近さんが突然口を開いた。


「魔王討伐には少し出遅れたようですが、貴女が勇者の気質を持っているというのはどうやら間違いないようですね」


そう言って笑う側近さんの言葉の根拠がわからず、わたしは首を傾げた。側近さんは自分の目を指さし、


「私、インキュバスなんです」


そう言ったので、わたしは椅子を倒して立ち上がり、慌てて魔王の背に隠れた。


「側近さんがエロ妖怪だったなんて!それ以上近寄らないでよ!?淫夢魔!淫夢魔!」
「差別はやめて下さい。心配しなくても貴女なら害はありませんよ」
「年頃の娘にそれは失礼だろう」
「私がその気になったときに目を覗き込めば、一時的とはいえ女性はたちまち私の虜です。しかし先ほど私の術が弾かれてしまいました。きっと勇者様には特別な能力があるのでしょう」
「ああ……そう……そういうことね……」
「おい魔王。てめえ今どういう意味で言った?」
「唐揚げうめえ」
「ちょうだいちょうだい」




「さて、食事も済んだことですし、そろそろ真面目に話し合いましょうか」
「えっ」
「えっ?」
「どうされたんですか二人して」
「えっ……だってまだデザートが」
「まず私は、これから魔王様がどう魔物たちを統治してゆくかが知りたいのです」
「側近よ。余はティラミスを所望する」
「ちょっと黙っててください」
「メイドさーん!」
「先代の魔王は暴政極まり、好戦的な魔物たちをけしかけ人間との関係を悪化させました。そして、私は争い事はなるべく避けたいのです」
「お呼びですか−?」
「あのすいません、魔王様がデザートが欲しいって……」
「ティラミスわかる?ティラミス」
「申し訳ございません魔王様。先代魔王が甘い物が嫌いでして……」
「はあ!?材料ないの!?」
「マジ最悪だな先代魔王」
「腹立つわ〜……。もっと殴ってからトドメさせば良かった」
「メイド、ちょっとこちらに来なさい」
「はい」


メイドさん(美人)が言われるまま側近さんの隣に立った。側近さんはメイドさんの方を黙ったまま見上げ、一瞬目が光った。


「下がっていなさい。他の者にも、私が呼ぶまで出てこないように言っておいてください」
「はい……側近様……!」


メイドさんは恍惚とした表情で側近さんを見つめ、恭しくお辞儀して食堂を出ていった。


「出たよエロ妖怪!」
「性的なことは何一つしていない筈ですが?それよりも、もっと真面目に考えて下さい。魔王様は勿論のこと、貴女だって人間側の要人でしょう」


側近さんにそう言われて、わたしは口に運びかけていたグラスを机に置いた。
そして笑いながら、静かに首を横に振って言った。


「もう違うよ」


食べ終わった皿を、片付けに都合が良いように重ねていた魔王は手を止めてわたしの方を見た。魔王のくせにそんなことすんな。食堂は先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まりかえり、わたしの声だけが響いていた。


「わたしはもう勇者じゃないし、騎士にもきっとなれない。ただの田舎の村娘だよ」


一度机に戻したグラスを持ち直し、ワインを飲み干した。魔王は眉間に皺を寄せて、組んだ自分の親指を見つめていた。そうしてしばらくの重い沈黙の後、側近さんがふっと口角を上げた。


「いえ、貴女はまだ勇者の筈です。先ほど貴女が言ったように、魔王は代替わりしただけでいなくなってはいませんから」
「でも……わたし魔王殺せないよ」
「せめて倒すって言ってくれよ。びっくりしたわ」
「半年も独りで旅をしてきただけはありますね」


わたしは俯いて、自分の短い髪をつまみ上げた。魔王が撃った小さな魔法弾。あれを受けたらきっと自分は一撃で死んでしまう。あのスピードを避けられるとも思えない。
先代のことは知らないが、勇者と魔王の決着は戦わずしてもう着いていた。


「失礼ですが魔王様、今年でおいくつになられますか?」
「数えてないからわからん。三桁こえるともうどうでも良くなる」
「でしょうね。魔族の寿命なんてのはそんなもんなんです。18の小娘が討ち取るなんて、どだい無理な話なんですよ」
「そう……ですよねえ。そりゃあ……」


わたしは情けなくなってより深く俯いた。
冷静に考えれば、そんなことは容易に分るはずではないか。それがどうして、今まで魔王を倒せると本気で思っていたのだろうか。倒せなかったことも不甲斐ないが、何よりそれが恥ずかしい。何が勇者だ。ただのバカじゃないか。


「……おかわり」
「勇者様?」
「お酒、おかわりください」
「おう、飲め飲め」


魔王が空いたグラスにワインを注ごうとすると、わたしはその瓶をがっと掴んでそのままラッパ飲み。我ながら惚れ惚れするような堂々とした飲みっぷりである。


「こ、こら!勇者!女の子がそんな無茶な飲み方しちゃいけませんよ!!」
「落ち着いて下さい魔王様。なんでおかん口調なんですか」
「うるせえ!飲まずにやってられっか!ってゆーか魔物はなんでいないわけ?暴君魔王は死んだんだぞ!今夜は宴だ!皆を呼べええい!」
「こいつ今まで結構まわってたぞ!こんないきなりおかしくなるはずないぞ!」

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