人間のお城2




「勇者様!」


玉座の間に入ってすぐ聞こえたのは可愛らしい女の子の声。それがそのまま勢いよく勇者の元までドレスを翻しながら突っ走り、タックルするかのように抱きついた。


「嬉しい!無事帰ってきて下さったのね!お会いしとうございましたわ!」
「姫様もお元気そうで何よりで御座います」


銀のティアラをつけ、薄桃色のドレスを身に纏うのは、真っ白な肌に透けるような金の髪をした、彫刻のような美少女だった。お姫様っていうのはこうでなきゃいかんよ。
しかしそれが溢れんばかりにハートを飛ばしながら女に抱きついているというのはどうなんだ。俺の考えすぎなのか。まあ絵的には綺麗だから良いか。


「さあ早くいらして。食事の用意は整っていますから。お父様もお母様も、勇者様に会えると聞いてとても喜んでいますのよ」


姫様はそのまま勇者を引っ張って奥へと進んでいく。一度目が合い、にっこり笑いかけてくれたが社交辞令のようなそれだけだった。彼女に勇者以外興味を引くものはないらしい。


「あの二人の背後に白百合が咲いているように見えるんだが、幻覚かな?」
「同性に恋愛感情に近いものを抱くのは女性にはよくあることですよ」
「騙されないぞ」
「本当です。別におかしなことではありません」
「お前らちょっと黙ってろよ」
「すみません」
「ごめん」


怒られた…。なんかヒト側に来てから勇者怖い。


「おかえりなさいませ、勇者様」


落ち着いた女性の声がした。それに反応して姫は勇者から離れ、勇者は表情を引き締め、背筋をまっすぐに伸ばして前へ進んでいった。


魔王城の物に比べて随分と長いテーブルには二人の人間が座っていた。上品な紅色のドレスを着、小さな王冠をちょこんと頭に乗せている女性と、立派な金の王冠を被り、金のファーで縁取られた赤いマントに、先端にルビーの嵌め込まれた杖を持つ小太りの男。女王と国王。

彼らの前に立つと勇者は纏うマントに皺の出来ないよう翻しながら跪いた。一瞬の動きでそれをする勇者の姿は、農村出身の18の小娘がするものではなかった。


「お久しぶりに御座います。旅の終焉にご連絡が遅れ、お手数お掛け致しましたこと、誠申し訳のう思っております」
「よいよい。そちらにも、何か事情あってのことだろう」
「ええ。お聞きしたいことはたくさんありますが、まずはお掛けなさい。そちらの方々も、どうぞご遠慮なさらずに」


親の前だからか、お姫様は先ほどまでのはしゃいだ様子をなくしすぐに母親の隣の席に着いた。一方勇者は食卓に並んだ、一流の料理が盛りつけられるに相応しい豪華な食器の数々を眺めながら青い顔をしてまごついていた。
これが魔王城の攻略を終え、魔王の首を獲った後ならば意気揚々と食事にありついたものだろうが、今日はそうはいかない。


皆の期待を裏切っての帰還。失望され罵られ、魔王に迎合した裏切り者と唾を吐かれることをも覚悟、と昨晩は力強く言っていたが、いざその直面に立たされれば勇者でも怖じ気づくのも無理はない。それも目一杯の歓迎を受けてでは罪悪感もひとしお。


「さあ、腹ァ括ってください勇者様」
「何をしにここへ来たのか思い出して下さい、勇者様」


ステレオで囁き、発破を掛けてやると勇者はぎっと気合いを入れ直した目をして食卓へ歩き出した。素直なとても良い子だ。







王様、姫様、女王様と並んで座り、向かい合って俺、勇者、側近。しまったこれじゃ魔王だって言ったときに勇者を人質に取ってるみたいに思われそうだな。


ちら、と隣で前菜を頬張る勇者の方を見る。王たちにはまだ俺たちが魔王城の者だとは言っていない。旅の途中で出会った勇者のパーティだと勝手に解釈しているらしかった。
いつ言い出そうかとこの期に及んで考えあぐねているようで、時折小声でぶつぶつ呟いている勇者に心持ち体を寄せ、耳打ちする。


「なあ…作法がさっぱりわからんのだが」
「えっ!?練習しただろ一週間も!」
「色々ありすぎんだよ。ぶっ飛んだ」
「緊張してんじゃねーよ魔王のくせに!大体でいい大体で!ヘマしたらフォローしてやるから!」
「勇者様」
「はいっ!?」


やっべー怒られる。まあ勇者となんかして怒られるのなんてとっくに慣れたから怖くも何ともないけどな。なんで勇者とこんなに波長が合うんだ…。やっぱり俺魔王向いてないよ。三食昼寝付は惜しいけど適任が絶対他にいる。


「帰ってこられたということは、もう魔王は倒されたのですね?」


怒るどころか嬉々として姫様がそう言ったので思わずワインを嚥下し損ねてむせた。勇者フォローしてくれる言ったくせに普通に無視。
なんでこういう騒いじゃいけないときって咳止まらなくなるんだ。


「ご無事で帰ってきてくださって、わたくし本当に嬉しいわ。魔物がいなくなったならわたくしも外に行きたいの。護衛が勇者様なら、お父様だって許して下さるわよね?」
「勇者様、お連れ様が…」
「お気になさらず。死にはしません」


女王が心配するような声で言い、側近が無感情な声ではっきりそう言い放った。側近お前俺のこと嫌いだろ。

「そうですか?」と女王が訝しげな視線を俺に向けたときにはだいぶ収まっていたので詫びと礼を込めて会釈をした。それを確認すると女王はナイフを机に置き、ナプキンで口元をちょっと拭った。それだけで『これからこの人が話をするから静かにしなければならない』という命令が全員に伝わる。僕にはとても出来ない。


「万事上手くいったのならもっと堂々としていらっしゃるはず。最後の町にいつまでも留まっていたりはしないでしょう」
「は、はい…」
「そんなに恐縮なさらないで。先ほど姫が言った通り、貴女が帰ってきて下さっただけでとても喜ばしいことなのですからね」
「女王様…!」
「では、どうして一度魔王城に向かっておきながらいつまでもあの町にいたのか、そろそろ説明して頂きましょうか」


優しい微笑みを携えつつ、女王様なんか怖いなあ。勇者は黙り、僅かに体が強張ったように見えた。なんで側近は眉一つ動かさずに落ち着いてられるんだ。もうお前が魔王やれよ。


「わたしにも、」


意を決したように勇者が口を開く。王族も大臣も傍に控える兵士も、その部屋にいる人間全員が身構えた。


「わたしにも何が起こったか、信じ難いことでした。産まれたときよりそうすると決まっていて、そのためだけに生きてきたようなものでしたから」
「勇者様?」
「わたしが魔王城の玉座に辿り着いたとき、魔王の首は既に体から引き千切られ、事切れておりました」
「え」
「え」
「え」


緊縛されたような空気が、一瞬にして緩んだ。一同はしばらく驚いた表情のまま固まり、「まさかそんな…ねえ?」みたいな笑みを浮かべて勇者の顔色をうかがった。腹を決めた勇者はもう青ざめちゃいないし、その両隣の男も否定しない。


「あ、ああっとつまり、魔王はいなくなったわけで、そう、平和は戻るということに変わりはないわけだな、うん。ただ勇者殿は勇者ではなくなったというわけか。さて、誰が勇者となったのかねえ。」
「魔王を倒したのは人間ではなく魔物でした」
「は!?ま、魔物じゃと!?自らの親玉を殺したと…。ああいやまあわからんことはないよ人間でもよくあることだ。そうだね腕の立つ戦士の話など聞いたことがないからねえそうか魔物か。…ということはつまり、どうなるのかね」
「その魔物が新しい魔王として魔王城に」
「はああそうかそれで…それで勇者殿はそいつを倒したわけだね!今まで魔王とされてきた魔物を倒したわけでないからそんな恐縮していたんだろう!?」
「いえ…それが…」
「魔王です」
「その側近です」
「そういうことです」
「ええええええああああまお、魔王が側近を連れてこの城にそれも勇者が連れて…いや勇者殿が連れてこられたのか兵をここにいや魔王に太刀打ち出来るとは思えん緊急退避じゃ緊急退避皆は逃げろ儂は一国の主として断固としてこの悪と戦うぞ!!」
「お父様しっかりして頂戴!」


本当に俺余計なことしたな。


目次
メインに戻る
トップに戻る
- ナノ -