じりじりと焦がれる初秋





猫の多い大学構内でも、金色の瞳を持つすらりとした黒猫は人目をひいた。
しなやかな体に、長い尻尾を揺らしながら歩く姿は、実に優雅であった。彼女はおいでおいでと声をかける女生徒たちを一目し、しかしすぐについと顔を背けた。


可愛くない。女生徒の笑いを含んだ声を背に、真っ黒な猫は長い尻尾を揺らして歩いていった。



目的地に近づくにつれ、ヴィオラの尻尾はゆらゆらと揺れるのをやめ、代わりに空にむかってぴんと立っていた。それは猫の遺伝子に組み込まれた母親に甘える仕草であり、機嫌のよさを表していた。


ある建物の小さな窓の前に座り、ヴィオラは小さくみゃあと鳴いた。それは人間でいう咳払いのようなもので、もう一度高く鳴くためにヴィオラは口を開きかけた。
しかし、耳をすまさねば聞こえないほどの小さな声にも、彼は気づいたらしい。勢いよく窓が開かれ、教授はまるで子供のように嬉しそうに笑い、猫の名前を呼んで腕を伸ばした。













真っ黒な髪をしていた。
少しうねりを帯びていたがその真っ黒な髪はサラサラと流れて櫛で梳かす以外に手入れをする必要は特になかった。
綺麗な髪だと言われるのが嬉しくて、私は髪を長く伸ばしていた。


真っ白な肌をしていた。
日に焼けるのが嫌で、それを防ぐことに必死になっていたのを覚えている。
綺麗な肌だと言われるのが嬉しくて、私は長袖の服をあまり着なかった。


可愛くない顔をしていた。
眼は鋭いわけでも吊っていたわけでもなかったが、可愛い女の子の持つくりくりとした大きな瞳でなかったことは確かだ。
口角もそう簡単には上がらなかった気がする。

私に可愛げなんてものはなかった。
綺麗な人だと言われても、嬉しいとは思わなかった。







白衣と薬品の香り。それがたくさんの仲間を殺した。
逃れるために私は猫になった。
猫を選んだ理由はよく猫のようだと言われたからだった。
私は黒い髪を捨てた。
白い肌を捨てた。
美人だと褒められた顔を捨てた。
人間を捨てた。






















可愛くない猫だとよく言われた。

なんて愛想がないんだ。
なんて目つきが悪いんだとよく言われた。


けれどあの男はそんなことは言わなかった。また来いよ。そう言っただけだった。
嬉しかったのかもしれない。次の日も会いにいった。



同じ場所で丸くなって昼寝していると、その男がまた隣に座った。触ろうと手を伸ばしてきたのでひっかいた。睨みつけた。男はひっかかれた手をさすり、私に向かって愛想がない、目つきが悪いと言った。



「うん、可愛い」





嬉しかったのかもしれない。それから何度も会いにいった。
大嫌いな白衣を着て、大嫌いな薬品の匂いをつけた男に。







変な奴。
そう思いながら、ヴィオラは教授の腕の中でごろごろと喉を鳴らした。







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