嫌がらせの至近距離



首筋をくすぐられたような感覚がして指を這わせるとそれは汗だった。
随分と集中していたようで、自分のTシャツがじっとりと気持ちの悪い感覚を含んでいたことも、ジワジワと五月蝿い蝉の声にも気がつかなかった。しかし一度それに気がついてしまうとその集中力もぶつりと切れ、教授は万年筆を放り投げて書きかけの書類をうちやった。


教授がシャワーを浴びに浴室へ入ったとき、開けっ放しの窓から真っ黒な猫が部屋に入り込んだ。







暑い。
日の光りをよく吸う黒の毛皮を着た猫は、不愉快そうな目つきでフローリングの床にぺたりと寝そべっていた。冷たいフローリングに自分の体温の熱が移ってしまうと、ごろりと寝返りをうって移動する。
しばらくそうしていると、背後からぺたぺたと裸足で歩く音が聞こえ、ヴィオラは一度長く鳴いた。
冷蔵庫の扉を開く音が聞こえ、すぐに閉じられる。次に聞こえたプシュッという軽い音に、ヴィオラは振り返る。


「真っ昼間っから…」

「いいじゃん別に」


タオルで髪を拭きながら、空いた片手で缶ビールを口に運ぶ。教授のその姿にヴィオラは顔をしかめた。

その顔に缶を押し付けられる。ひんやりとした感触が気持ちよく、ヴィオラはゴロゴロと喉を鳴らした。
教授はヴィオラのその様子に満足気に微笑み、再び缶を口に運んだ。
タオルは肩にかけ、空いた片手は猫の喉を撫でる。


「ぅみ──ぃ──…」


ゴロゴロと喉を鳴らしながら、ヴィオラは小さな声で長く鳴いた。


暑い。
蝉が五月蝿い。


自分の喉を掻く、水の香りのする長い指だけが妙に心地よかった。




背中が、体温の移った床がじんわりと熱くなってきた。ヴィオラは寝返りをうち、教授に背を向けた。
教授はビールの缶を軽く振って中身が空であることを確認すると机の上に置いた。





















ヴィオラは喉を鳴らすのをやめ、それどころか不機嫌そうに一度唸った。


それはジワジワと五月蝿い蝉に対してでも、自分の体温を移したフローリングに対してでもなかった。もう一度低く威嚇するような声を上げると、教授は再びヴィオラの喉を掻いた。
しかしゴロゴロという気持ちのよさそうな音が鳴ることはなかった。



「暑い!」

「夏だからね」

「そうじゃない。暑い!!」


苛々とした口調でそう言うと、ヴィオラは自分を抱きしめるようにして撫でる教授の手からすり抜けた。



「あっ」

「普通人間の方が嫌がるもんなんじゃないの!?」









「暑いんだから近寄るな!」







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