水面には君






切れかけの電球が頼りなく光る街灯の下、教授は一人夜道を歩いていた。
魔法使いは夜行性の者が多いのだから、他に黒のローブが一つ二つ歩いていても良さそうなものなのに、今晩ばかりは人影は一つも見えなかった。
ただ教授の白衣が、歩くたびにひらひらと揺れているだけだった。
しかし、数メートル先の石畳の上で、虎縞の猫が顔を洗っているのを教授は見つけた。


「よう、こんばんは」



彼は生まれてこのかた化け猫になど遭ったことはないが、猫がいるとつい話し掛けてしまう。ここで猫が一声鳴いたり、尻尾を振ったり何かしら反応を見せてくれればそれだけで嬉しくなるものだ。


「こんばんは。良い月で」


しかし、猫の口から聞こえたのは、にゃあという鳴き声からは程遠い、ヒトの言葉だった。


「リトルウィッチに伝えておくれ。猫の王が子を授かったと」


呆然とする教授をよそに、それだけ言うと虎縞の猫は去って行った。


























「にゃんこ、にゃんこ〜」


翌朝、休講の日ではあったが教授は大学に来ていた。生徒の殆どいない大学の敷地内で、教授はウロウロと猫を捜し回っていた。


「にゃん…あ、にゃんこ。いた」

「みゃあう」


ひと月前に出会った猫は、今やすっかり教授に懐いていた。黒猫はぐるぐる喉を鳴らしながら教授に擦り寄り、足元に首を押し付けた。



「よしよし。ちょっと付き合ってくれな」

「みぅっ」


ひょいっと猫を抱きかかえ、教授は自分の研究室に入っていった。


教授の腕から下りた黒猫は、乱雑に重ねられた本や書類が置いてある教授のデスクの隙間に腰を下ろした。
教授は書類をデスクから下ろし、代わりにミルクを注いだ底の浅い皿を置いた。
黒猫はぴちゃぴちゃと音をたてて、美味しそうにミルクを飲み始めた。



「心当たりお前しかいないんだよな。でもそしたらいなくなっちゃうのか?嫌だなぁ」


猫が教授の言葉に答えるはずもなく、黒猫はぱたりと一度尻尾を振るのみで、ミルクの入った皿から顔を離さなかった。
しばらくすると黒猫はミルクを飲み終えたのか、ぺろりと口の周りを舐めた。
黒猫は教授の膝の上に座り、喉を優しく掻くと気持ち良さそうに目を細めた。


「リトルウィッチ」


教授は黒猫の喉を掻きながら静かに言った。


「猫の王が子を授かったそうだ」


教授の膝の上から声がした。落ち着いたアルトの響きだった。



「…そうだ。子の占いをする約束をしてたんだった」


黒猫は教授の膝から降りて、前足で研究室の窓を開けた。


「にゃんこ、にゃんこ」


教授は窓から出ていく黒猫にいつもと変わらぬ調子で言った。



「また来いよ」



黒猫は振り返ってみゃあおと鳴いた。







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