きっと何かが始まる



知恵の女神の名前を貰ったテティスという国は、他のどの国よりも魔法使いの数が多かった。
真っ黒なローブを着た大人や子供がまばらに歩くこの町で黒い猫が出会ったのは、白衣を着たおかしな科学者だった。




君といる十二ヶ月



白衣を着た鳶色の髪をした男は新聞と茶色の袋を手に持って大学の敷地内にある原っぱに向かって一人歩いていた。
男の白衣には『professor』と書かれたプレートが胸元に留められている。随分と若く見えるが、この大学には教える側として通っているらしい。


教授はズボンのポケットから煙草を取り出し、口にくわえて火をつけた。すると彼の目が、ある一点を捉らえ、歩いていた足もぴたりと止まる。



視線の先にいるのは毛並みの艶やかな真っ黒な猫。
しなやかな体をした、美しい猫が一匹彼に背を向けるかたちで座っていた。
教授は暫くその猫を見つめていたが、やがてゆっくりとした歩調で猫に近付いていった。
黒猫は耳をピクリと動かして彼の気配を感じていたが、逃げる様子はない。




「隣失礼するぞ、にゃんこ」



彼はそう言うと、猫の隣に足を伸ばして座った。すると猫は突然ぷいとその場から離れていこうとした。


「なんだもうナンパ失敗かよ。おいにゃんこ。ツナサンド要らんか」


教授は茶色の袋からツナサンドを取り出し、歩き去ろうとする猫にそう言った。猫はその匂いに気付いたのかくるりと彼の方を振り返り、静止する。
猫はじぃっと睨むように教授を見た。すると教授は何か気付いたような表情をして、猫に言った。



「ああ、煙草か。悪い」



白衣のポケットから携帯していた灰皿を取り出し、くわえていた煙草をじゅっと音をたてて潰す。
すると猫は少しの間鼻をフンフンと動かしていたが、気にならなくなったのか教授の傍に寄ってきた。




茶色の袋の上に置かれたツナサンドの具をペロペロと舐める黒猫の隣で、教授は白衣のポケットから眼鏡ケースを取り出し、同時にもう片方の手で新聞を器用に開いた。
ケースから縁のない眼鏡を取り出して掛け、教授は黙って新聞を読んでいたが、あるページを開くと、彼の眉間に皴が寄った。


記事に書かれているのはある科学者が何やら世界的な賞を貰ったとかなんとかというものだった。連日連日ニュースやら雑誌やらで騒がれている話題だったが、これについての記事を見る度に教授は開いたページを閉じていた。


「みぅ…」

「御馳走様?」


新聞を畳みながら教授は隣の猫に訊ねる。猫が顔を洗い出すと、教授は何のためらいもなく猫の食べかけのツナサンドを口にいれた。
猫は暫くそこに座っていたが、毛繕いが終わるとポテポテと歩きだした。


「帰るのか?」

「みぁう」


まるで猫は返事をしたかのように教授の方を振り返り、一声鳴いた。


「また来いよ」


教授も人間と話しているかのようにそう言って、かけていた眼鏡を外し、ケースに戻して立ち上がった。





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