原点はチョコレートじゃない







ごついフォルムのデスクトップパソコンが、うんうんと唸るように音を上げる。機械は熱を持ち、近くに置かれたキャンディーのように包まれた可愛らしいチョコレートは少しずつ形を崩していった。



捻じれをほどいて包みを広げると、球体だった筈のチョコレートは外側からゆっくりと溶け、包み紙に張り付いていた。手が汚れるのを嫌って教授は包みの端を持ったまま舌を使ってチョコを引き剥がして口に運んだ。


炬燵を出すと無精になっていけない。必要なものは大体自分の周りに置かれ、比較的遠いものも這いずるように身を伸ばせば届く。それでこうして食べることだけはしっかりするのだから、そのうちとんでもないことになるのではないかと教授は頬をつまんだ。



するとごそごそと炬燵布団の端が動き、黒い猫が顔を出した。炬燵の熱に火照った体を涼めるようにヴィオラはソファへ移動した。ふう、と溜め息をつくと猫は丸くなり、目を閉じた。
余程「素晴らしき東洋の発明品」が気に入ったのか、冬になるとヴィオラはほぼ毎日教授の家にやってきた。それでも、教授のここに住むかという誘いには頑なにのらなかった。



「仕事、終わりそう?」

「もうちょっと」

「そう」



挨拶のような会話を終えて目を閉じると、甘い香りがヴィオラの鼻をくすぐった。閉め切られた部屋にはチョコレートの匂いが酔いそうなほど立ち籠めていた。



「ちょうだい」

「オレ?」

「なんでだよ。チョコちょうだい」

「猫が食べるものじゃないよ」



この男は知らないことだが、黒い猫はかつて人間だった。長い黒髪の魔女。リトルウィッチの仇名も、ひょっとしたらその頃の皮肉も混ざっているのかもしれない。どちらにしても彼女にはどうでもいいことだが。もうその頃に戻る気はないのだ。戻りたいと思ったこともない。


猫の気楽な生活は、思いのほか快適なものだった。けれど、どうしてかこの男と過ごすようになってからヒトの姿が恋しくなることが増えた。大抵はこの食べるものについてのやりとりのせいだが。



「ねえ、あんたあたしのこと猫だと思ってる?」

「体は猫だから食べるものには口出すよ」

「体だけか」

「魔女だろ。ちゃんと覚えてるよ。『リトルウィッチ』。化け猫とはまた違うんだろ」

「ああ、覚えてたの」



とうに忘れているかと思っていた。
彼が猫をそう呼んだのは随分前に一度きり。忘れていても無理はない。
ヴィオラは丸めていた体を起こして、柔らかなソファの上に座った。教授は会話の間も一度もヴィオラの方を見ず、パソコンの画面を見ながらキーボードを叩いていた。



「ねえ、聞いて」



教授は変わらずパソコンを見詰めたまま、何?と生返事をした。



「あたし、科学者嫌いなの」

「うん」

「科学戦争って知ってる?」

「科学派は魔法戦争って言ってる」

「それで家族と仲間も何人か、殺されたの」

「うん」

「科学者は魔族が怖かったからそうしたっていうのはわかるよ。だからそれを理由に嫌ってるわけじゃないの」

「うん」

「恨む理由も、もうないの」







「あたし、あたしの家族を殺した科学者殺したの」



かたかたかたと黒いキーボードを打つ音が暫く部屋に響き、教授はヴィオラの方を振り返らなかった。それを気にしたふうもなく、ヴィオラは教授の背中を真っ直ぐ見つめてもう一言、口を開いた。



「でも、あんたは好きだよ」



パソコンの電源が落とされ、教授は眼鏡を外してマッサージをするように目頭を押さえた。ヴィオラは教授の膝に乗り、くるりとまるくなった。教授が頭を撫でると、黒猫はごろごろと喉を鳴らした。



「オレはね、魔法使いも魔女も、魔族の人たちみんな好きなんだよ」



ヴィオラは気持ちよさそうに目を閉じて、返事はしなかった。それを気にしたふうもなく、教授は一言、背を丸めて黒猫の耳に優しい声で、



「でも、お前が一番好き」







メインに戻る
トップに戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -