ああ、今日もいる。
朝廷から自宅へ帰る近道にある公園。そこで数週間ほど前から必ずある女性がいることに気がついた。

紅色の着物に、真っ白な肌がよく映える。サラサラと風に流れる髪は、色は淡いが不自然に染め上げたものではないように見える。
朝廷に勤めるのは家柄の良いものばかりであるため、それらを見慣れている自分でも思わず目がいくほど、顔かたちが美しいのは勿論だが、彼女の持つ気品と雰囲気は魅惑的なものだった。



時折彼女がこちらの視線に気づき、目が合うこともあった。見られることに慣れているのか、彼女は恥じらうことも不快そうな表情を見せることもなく、余裕ある笑みをこちらに向けて会釈する。こちらも会釈を返して、そのまま会話もなく私は家に帰る。


しかしその日は違った。私が会釈した顔を上げ数歩歩くと、背後からサクサクと地面に落ちた紅葉を踏み鳴らして小走りに近寄ってくる音がする。
振り返ると彼女が歩く速度を落とし、ゆっくりと私の前に立った。


「な、何か・・・?」
「だって、いつまで経ってもお声をかけて下さらないんだもの」


くすくすと笑いながら、「女から声をかけるのははしたないことかと思って」と紅葉の木に右手をついて体重をかける。その手は白く細く、爪も綺麗に整えられていた。
名前を名乗ると、「伏見さま?」と確かめるように繰り返した。鈴の音を転がすような声というのはきっとこういう声のことを言うのだろうと思った。
さっきから恥ずかしくなることばかり言っているようだが、実際にそう感じたのだから仕方ない。しかし今思うと、初めから彼女はまるで妖のような人だった。


「そちらは?」
「私?私はね・・・」


ひらりと、彼女が触れていた木の葉が一枚落ちた。それを拾い上げ、くるくると指先で回しながらしばらく見つめ、彼女は私の方へ視線を戻すとにやっと笑った。


「じゃあ、椛」
「じゃあって・・・」
「モミジ、よ。でも貴方と初めて話したのが春なら私は桜だったし、夏なら若葉、冬なら雪と名乗ったわ」


くすくすと愉しそうに、それでいて上品に笑う。本当の名前を教えてくれと言うと「秘密よ」と言って彼女はまた笑った。


「でも、貴方が素敵な人だったら、教えてもいいわ」


挑戦的な目で微笑み、「だから、次は貴方から声をかけて」そう言うと彼女は去っていった。


私はそう若くない。しかしそのときはまるで女性を知らない少年のように彼女に呑まれてしまった。足下に落ちた形の良い紅葉を拾い上げ、一度小さく溜息をついてから家路についた。





思えば、あのときもう彼女に勝てないものだと自分の中で決まってしまったに違いない。


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