だいぶ日が短くなった。昼間はまだ残暑があるが、夕暮れから冬の寒さが顔を出し始めてきていた。最期の足掻きにとやかましかった蝉の鳴き声は消えた。


「もう秋が終わってしまうよ。早いね。信じられんね」


休憩室で時雨が呟いた。今宵はカタログから目を離して時雨の方を見た。時雨は林檎を齧りながら遠い目で窓の外を眺めていた。林檎は齧るたびにしゃりっと新鮮そうな音が響き、たっぷりと果汁が垂れた。


「宵ちゃん、風景が秋でなくなっていくよ…」
「…セルバンテス三世を洗ってる自分の兄貴と幼なじみを見て秋の終末を感じるあんたの感性があたしには理解できない」
「その向こうな」
「イチョウ林はすっかり散ってしまったねえ」
「嫌だなあ」
「秋は美味しいものが多いからね」
「林檎、ブドウ、柿、梨、栗、焼き芋、秋刀魚…」
「松茸食べたい」
「あー嫌だ嫌だ。これだからイイトコのお嬢様は。そうやって貧乏なとこの子をバカにしてるんだろ。たまに良い物食べても身体が慣れてないからお腹壊しちゃうような貧乏な子をバカにしてんだろ!!!」
「腹壊すの?奢ってやろうと思ったのに」
「お姉様…!」


時雨の膝で眠っていた白猫のクリスティーヌが、騒がしくなってきたのでのっそり起き上がり、欠伸をしながら前足を突っ張って伸びをした。
そのまま窓まで歩いてゆき、こてんと寝転んでしまう。外で犬を洗う平助たちを眺めることにしたらしい。

平助が窓をコツコツと指先で叩いてクリスティーヌに挨拶すると、白猫はその指に触れようと右手を伸ばした。ピンク色の肉球が窓の張り付いている様子が可愛らしく、平助とエコが窓の外で笑った。
冬毛の動物はもこもことしていて殊更に可愛らしい。





「寒い」


背後から聞こえた声に荘一は振り返った。並んで歩いていたはずの衣束は、いつの間にか荘一の数歩後ろを、身を縮こまらせながらちまちま進んでくる。

荘一は夏物の着物に上着を羽織り、衣束はそれに加えて肌着を数枚重ねている。
寒いと衣束はまた繰り返した。


「副隊長は、お生まれ京都でしたよね」
「そうやけど。外で副隊長って呼ぶな」
「京都って暖かいんですか?」
「夏は暑くて冬は寒い」


衣束が追いつくと、荘一は歩幅を狭め衣束に合わせて歩くようにした。衣束は手を袖の中にしまい、背中を丸めて歩く。道の端から鈴虫やら松虫やらが歌い出した。


「必死に鳴いてますねえ」
「鳴く意味なんてないのになぁ」
「なんでですか?」
「雌を誘ってるんちゃうの」
「ああ」
「こっちじゃ子供出来んのを人間以外は知らんからなぁ」
「出来たところで雄は雌食った後食われますしね」
「一生かけて食いつぶされる人間よりマ…ふ…っぷし!」
「わあ、可愛いくしゃみ」
「女ゴッコしてるときの癖出た。寒い」


衣束は小さく舌打ちをして洟をすすった。鈴虫が一匹リーンと高く鳴いた。
荘一が何かに気づいたような表情をして、ちょっと待ってて下さいと残して何処かへ走っていった。


残された衣束は道の端に立った。
立ち止まると余計に寒い。女性と見紛うほどの整った顔は不愉快そうに歪んだ。
橙色に染まった河原もキラキラ輝く川面も虫の合唱も、寒がりの彼の慰めにはならない。

追い打ちをかけるように風が吹き、衣束の長い髪を舞い上がらせた。括っているものの、細く軽い彼の髪は簡単に風に流れる。後れ毛が口元を掠めるのが鬱陶しくてたまらない。
風が収まると荘一が何かを抱えて戻ってきた。


「いーしや〜きイモ〜〜〜」
「おや、おおきに」


荘一から新聞にくるまれた薩摩芋を受け取り、衣束はそれを半分に割った。金色の実から白い湯気がほこほこたっている。


「石焼き芋来てたのか。全然気づかんかった」
「いや、停まってたんです。声はなかったですよ」
「そうか。久しぶりに食った気がする。うまいわ」
「衣束さんは熱いの平気なんですよねぇ」
「黒川は熱いの駄目やったよなあ」
「前にね、ココア淹れてたんですよ」
「うん?」
「今宵さん、熱いから飲めないーって暫く置いといてて」
「うん」
「冷めて不味いって温め直してたんですよね」
「ベストの状態が短いんだな。可哀相に」


公園の脇を通り過ぎるとき、衣束はふと顔を上げた。荘一も衣束の視線を追いかけて公園に目を向けた。

立ち並ぶ木々は、つい数週間前まで着込んでいた紅葉の衣を殆ど散らせてしまっていた。ザアと風が吹いて、またいくらかの紅葉が散った。


「…そろそろ紅葉の季節も終わりですねえ」
「そうやねえ…」


赤い着物の女が紅葉の絨毯を踏み鳴らして歩いているのが見えた。サクサクと聞こえる気持ちの良い音に衣束と荘一は微笑み合い、鎮圧軍へ歩いていった。


「そういえば炬燵はいつ出すんだ?」
「まだいいと思いますよ」
「もういいと思うんやけど」
「じゃあ小隊室のは出しましょうか」
「休憩室のはいつ出すんだ」
「まだ早いと思いますよ」


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