「いい女やったぁ…」


仰向けに寝転んだまま男は懐かしむように言った。


「色素が薄いんやな。肌が雪みてえに真っ白で、髪が赤茶でよぅ。そんで全然ちゃらちゃらしとらん。気品がある。見た目だけと違う、喋り方も仕種も…別嬪だからそう見えただけかもしれねえがよう」


木製の手枷にはめられた両手を腹の上にのせ、添え木された折れた両足を投げ出すように寝転び、男は何日も着ている着物を埃でさらに汚した。
鉄格子の向こうでは、黒い着物の女が拘束具の付いた寝台に腰掛け、黙って男の話を聞いていた。着物には白い牡丹の柄が入っていた。女の足には鎖で鉄球が繋がれていた。足枷にしか見えないそれを、女は鎖をすくい上げるように持って、ぷらぷらと垂れ下がらせていた。それは見た目に反して随分軽いらしく、女は時折退屈そうにくるくると振り回したりした。


「そいつは伏し目がちに喋るもんやから、ほぺたに影がかかるんだよ、睫毛のさ。ああ、そいつが持ってきたんだ。分厚い書類の束をよ。少しでもお役に立てれば、っつって。その女が会合に来たのは後にも先にもそれっきりや」
「その書類には…」
「ああ。書いてあったよ。あんたらの階級から身長体重趣味特技…、あんたが今までどうやって捕虜を殺してきたかもな」


今宵は眉一つ動かさなかった。台から降り、着物をはたいて埃を払った。


「おイツさんとはどっちがいい女でした?」


からかい半分に訊ねると、男は溜息をついた。嘆きのそれではなく、感慨から来る、懐かしい愛情を思い出しながらつく熱い息だった。


「比べものにならん。あんな跳ねっ返りで生意気な…。俺は後悔しとらん。絶対にせん。あいつを抱いたことを俺は…」
「抱いたわけ無いじゃないですか」


薄暗い地下牢に響く今宵の声は至って無感情なものだった。職を為す責任感も、暴徒に対する憎悪も、意地の悪ささえもない。ただ事実だから教えているだけだ。


「抱いた体は女のものだったでしょう。十六夜衣束副隊長は幻惑術を使うんです。術中は相手のこと見てなきゃいけないから、貴方が枕相手になんやかんやしてるの見てて吐き気がしたとか…おや、顔色が優れませんね」


まん丸に目を見開き、金魚のようにぱくぱくと口を動かす男を見ても、今宵はやっぱり無感情な顔で、ふいと踵を返して地下室を出て行こうとした。瞬間、男が起き上がり枷の付いた手で鉄格子を掴んだ。がしゃんと冷たい、金属の揺れる音が響いた。


「一体何が悪かったんよ!?殺し合って飯を奪い合う連中を、人並みの暮らしにしてやりたいと思うことの、一体何が悪いっちゅうんよ!」


しんとひと間静まりかえってから、今宵は無表情のまま口を開いた。


「文句言うならもっと上手くやってからにして下さい」


失礼しますと頭を下げ、今宵は地下の扉を開いて出て行った。





「きゃー!いっちゃん、かーわいい!」


会議室の向かい、衣装室と書かれたプレートの貼られた部屋から、雛乃の甲高いはしゃぎ声が聞こえる。
可愛らしい声で賞賛を受けた衣束は、ボリューム重視のマスカラを付け終わり、乾くのを待ってから二、三度瞬きした。


「マスカラ付けたらコームで梳くんですよ。ダマが出来ないように」
「コームって何」
「睫毛用の櫛」
「じゃあ睫毛用の櫛でいいじゃねーか。コームだのエクステだのうぜーんだよ」


衣束の答えに詩臣はむぅと頬を膨らませた。衣束はひっつめに束ねていた髪を解き、ハーフアップにして白い花の髪飾りを付けた。姿見の前に立ち、背中を確認するために180度回転したときにワンピースの端がふわりと揺れた。


「女?」
「どこからどう見ても!」
「いっちゃんキレーだよ!」
「おし」


衣束はハンドバッグに手を伸ばし、中をまさぐると、きゅっと唇に紅を引いた。


「じゃあ行ってくる。恋人が捕まったワタシ可哀相〜気丈な女が見せる涙〜大作戦であと二、三人釣ってくるわ」
「作戦名はどうかと思うけど頑張って下さいね」
「きをつけてねー!いってらっしゃーい」


詩臣と雛乃に見送られ、衣束は鎮圧軍を出て行った。鎮圧軍の施設から一番近い、小さな門を通って幕廷の敷地から出た。イチョウ並木の通りを歩いてゆき、時折黄色の葉がひらひらと落ちてきた。

通りの出口には一人の女が立っていた。紅葉色の振り袖を着、縮緬のリボンで淡い色の髪を飾っている。薄化粧で、形の良い唇が桜色に艶めいているのが妙に目立った。女は衣束と目が合うと、その目を細めて口角を上げた。ただ挨拶代わりに微笑んだようにも見えたし、何か意味の込められた妖艶な笑みにも見えた。
衣束は黙って会釈をし、そのまま彼女の横を通り過ぎた。直後、衣束の後ろを歩いていた男が女に声をかけた。


「ごめん。待ったかい?」
「ええ、待ったわ」
「え、あ…ご、ごめん…」
「夕食をご馳走してもらういい口実が出来たわ。行きましょう、伏見さま」


寄り添って歩く椛と伏見の方を一度横目に見てから、衣束はさっさと歩いて行った。


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