授業の終わるチャイムが鳴った。屋上で眠っていた少年は目を開け、体を起こし、赤い髪を乱暴に掻きながら欠伸をひとつした。着崩した学ランには、二年生の色である赤い校章がついていた。白いワイシャツの隙間から見えているTシャツも赤い。
彼は脇に置いていた鞄からヘッドフォンを取り出し、耳にはめて立ち上がった。



屋上を出て階段を下り、廊下を歩いていた彼はふと被服室の前で足を止めた。普段ならばこの時間、手芸部が活動しているはずの教室が妙に静かで人気がない。
気になってドアの窓から中を覗いてみると、女生徒がひとり机に突っ伏している。


「おい、具合悪いのか?」


ドアを開いて声をかけると、女生徒は顔を上げた。


「あ?」


寝起きのような顔と声をした女生徒が体を起こした瞬間、彼女の周りに無数の手がうごめき始めた。
黒い影のような女性のしなやかな手が机の上や椅子の足を這ったり、もはや何人分の腕だかわからない。
そして突っ伏していた女生徒の隣には、いつの間に現れたのかもうひとり女生徒が立っていた。俯き加減で顔は見えないが、乱れた髪やだらんと垂れた腕などから陰鬱な雰囲気を醸し出している。左手首にはグルグルと雑に包帯が巻かれていて、ところどころに赤い染みがついている。長い前髪の隙間から、細い血の筋が流れていくのが見えた。


「う、うわあああああああ!!!」
「あ。赤城君だ」


悲鳴を上げて腰を抜かした赤城に対して、得体の知れないものに囲まれた女生徒は平然としていた。
被服室の入り口で座り込み、顔をひきつらせながら赤城は少し後ずさった。耳にかけていたヘッドフォンが外れ、微かにロックの曲が漏れている。


「なっ、なっ……!あんた何やって……」
「除霊」


その答えを聞いて、赤城はこの女生徒が隣のクラスの日暮神奈であることに気がついた。
赤城と神奈は同学年だがクラスも違い、口を利いたことどころか顔を合わせたことすら一度もなかった。しかし神奈は霊感少女として、学年ではちょっとした有名人だった。
赤城は嘘に決まっていると思っていた同級生の胡散臭い噂が真実であったことを知って、しばらく呆然とした。
神奈は机に頬杖をつき、退屈そうに足をブラブラさせて赤城に話しかけた。その様子が”普通”の女子と何も変わらないので、赤城は拍子抜けした。本物にしろ偽物にしろ、霊能力者なんて異端な者は、もっと会話もできないくらいおかしな奴らだとばかり思っていたのだ。


「赤城君は何してたの?」
「え……屋上で寝てた」
「おお!不良っぽくていいね!」
「俺不良じゃないし」
「じゃあその赤い髪はなんなんだよ。ロンドンブーツ一号二号の田村淳リスペクトか?」
「馬鹿にしてんのか!?敦今黒髪だろ!いや違う!なんなんだよ今のは!」


赤城は怒鳴った勢いに任せて立ち上がり、被服室の中に入って神奈の突っ伏していた机をバンバン叩いた。
二人が話している間に、無数の腕も陰気な女生徒も消えていた。


「いじめられて自殺した女の子とその子の影響で死んだ子たちの霊だけど?」
「当たり前のように話すんじゃねえ!お前さっきから怖いわ!」
「初対面でお前とか言うんじゃねえよ。もーあっち行ってよ、あんたみたいな暇な不良と違って忙しいんだから」
「ああ?」


急に赤城の声が低くなった。一瞬空気が凍りついたかと思うと、赤城は神奈が座っている隣の椅子を蹴飛ばした。人気のない被服室に大きな音が響いた。


「馬鹿にしてんのか?」


赤城が怒りをはらんだ鋭い目で凄む。その目を、神奈の垂れ目が真っ直ぐに見つめ返した。


「え?馬鹿に……プッ馬鹿にされたく、ふふっ、ないのにそんな、あ、赤い頭してんの?ああ、そっか、うん、スラダン面白いもんね」
「ここまであからさまに馬鹿にされたのはさすがに初めてだよ!これは花道リスペクトじゃねえ!スラダンは面白いけどな!」
「周りはミッチー派が多いけどわたしは木暮くんが好き」
「わかる。3Pのときとかメガネくん超かっけぇよな」


うんうんと頷きあって、赤城はハッと我に返った。一瞬で怒りを忘れて話していることに気づき、赤城の顔がカーッと耳まで赤くなった。


「具合が悪いわけじゃないならもう行くからな!こっちだって暇じゃねえんだから!」
「なになに?他校生と喧嘩すんの?」
「掃除当番なんだよ!」
「掃除当番はサボらないんだ」



それから三日ほど経ったある朝、HRの始まる前から赤城は神奈のクラスの教室を訪れた。


「日暮さんいますか」


教室の入り口に佇む赤城に声をかけられた同級生は唖然としてしばらく硬直した。
いかにも素行の悪そうな赤城に声をかけられたのに加えて、今朝の赤城の様子は尋常ではなかった。ぼさぼさに乱れた髪によれたシャツ、充血した目の下には隈ができていて目つきの悪さに拍車がかかっていた。それでいて凄むようなガラの悪さがなく、むしろ覇気のない陰気な雰囲気が漂っていた。


「日暮さんいますか」


赤城は一度目と全く同じ声調で同じ言葉を繰り返した。


「あ、うん……ちょっと待ってて……」


神奈のクラスメイトは不審に思いながら神奈を呼びに行った。
赤城は俯いて棒立ちになったまま、教室の入り口に立っていた。同級生たちの視線やひそひそと話す声は感じていたが、今の赤城にはそれを気にする余裕もないらしい。ただ黙ってぴくりとも動かず神奈を待っていた。


「赤城君おっすー!なんか用……あっ」


明るく挨拶した瞬間、神奈は赤城の異常の原因に気づいた。


「なんとかしてください」


赤城の背後には、昨日の女生徒の霊がぴったりついていた。
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