7 変化
「太刀川さんいつもかっこよくてドキドキする」
「だろ」
「太刀川さんは何か知ってますか、出水先輩の初恋の話! 今でも時々会うし遊びに行くし今でも好きなんだってさ、でももう恋人じゃないって」
「ああ、そいつ俺知ってるぜ」
「いいなあ、今度こっそり教えてください」
「どうすっかなあ」
「……どの口が」
「おまえこそぺらぺらよく喋るな」
「あいつうるせえんですよ」
「なあ出水、俺になろうとしてんのか」
「気持ち悪いな、おまえ」
「……っすね」
「否定しろよ」
「事実でしょ」
「なろうとしてんの?」
「なれやしませんよ、知ってる」
「俺は誰にもなれやしない」
「太刀川さん」
「すいません、……もう、」
「俺は……」
慶はそこにいて、出水を抱きしめていた。兄だとか、父だとか、あるいはただ単に、上司のようなしぐさで、慶はそこにいて、しっかりと出水を抱いていた。ぼろぼろと泣いているのは出水公平で、そして出水は、子供なのだと、慶は思った。かわいそうだなと思った。そして同じくらい、殺してやりたい、と、思った。
「太刀川、さん」
「どこにも行けないんです」
「ぜんぶ、終わってんだ」
「そんで、俺は、からっぽの、箱だ」
「……トリオンキューブみたいな?」
はは、と出水は笑い、そうしてこくんと頷いた。「トリオンキューブなら壊れて終わりだから、いいっすね」そう言って、笑った。そうだな、と慶も頷いた。その話はよくわかると、慶は思った。
とほうにくれた子供みたいな仏頂面してどうしたの。
迅悠一の言葉を突然思い出した。痩せた出水の背中を眺めていて、ぼろっと落ちてきた言葉だった。ひとつとししたのくせに大人みたいな笑い方をして、迅は慶をじっと見つめて笑い、そう言った。
ほんとはもう子供じゃないくせにそんな顔してたって太刀川さん、意味ないよ、もっともみんなあんたが好きだから、さびしそうにしてたら、遊んでくれると思うけどね。
なに、おまえ俺と寝たいの、そう尋ねた。迅は笑って、あんたとやるくらいなら風刃を返してランク戦に戻るよ、と言った。戻れよと慶は言い、やだねと迅は言って、それきりだった。それだけだった。
「おい天才シューター」
ぼそっと声をかけると、びくりと背中が震えた。笑いながら振り返る顔よりも先に、震える背中があった。だから笑ったって意味がないので慶はすこし苛立つ。とりつくろうことができない出水、けれど出水は本当に、子供でしかないのに、のびのびと仏頂面をさせてやれない慶の手落ちだった。大切なことは隠しておけと、本心は沈めておけと、言っても仕方がないのだ、子供、なのだった。
「なんですかいきなり。やめてくださいよ」
「おまえさあ、あれ、ほら、迅くらい図々しくなってみせろよ」
「あんた本当に無神経だなあ」
「だろ」
「なんであんたなんかを好きになったんだろう」
「なんでだったんだ?」
わかんない。出水は小さく言って笑った。
「帰りは、タクシーでも拾うか」
しばらく続いた無音の後、慶は言った。声は夕暮れの中にまぎれていった。