「なんでアンタバイトばっか増やすんですか」
「相棒のBOX集めてるから」
「……いまシーズンいくつでしたっけ?」
「13」
 なるほどと大地は頷き、この人の守備範囲は小説だけじゃなかったのかと思うのみにとどめた。バイト増やすぞと諏訪が言うとき、すでに大地は頭数に入っているのだ。諏訪は大地がかならずついてくると思っている。なにをするときでも、飼っている忠義に満ちた犬ででもあるかのように、堤大地がついてきて一緒にその仕事をして当然だと思っている。
 そして大地はそう扱われるのが嫌いではなかった。というより、はっきりと、そう扱われると尻尾を振って従ってしまう自分に気づいていた。俺たちはひとつのものだろうと言われると、はい、と従順に答えるしかなくなる。問題の多い精神構造だと思う。
 とにかくそんなわけで、諏訪と大地はボーダー本部の当直に当たっていた。深夜、定点観測として一時間ごとに、ゲート発生、もしくは発生しなかった事案についてのレポートを送り続けるだけの仕事だ。B級は固定給が発生しないから、ちょっとでも大きな買い物をしたければボーダー以外のバイトをするかボーダー内の細々としたアルバイトを拾い集めていくしかない。にしたってアンタ実家だから歩合給貯まるばっかだろうと思うもののおおかた飲み代とノベルスに消滅しているのだろう。
「見回り行くか」
 時計を眺めて、諏訪が言った。職務についているので、トリオン体に換装して、いつもどおり襟元を広げすぎている。
 夜の闇のなかを、懐中電灯片手に歩いてゆく。まだ作業をしているシステムエンジニアに挨拶をする。そうしていつもの模擬戦闘室にたどり着いた、そのときだった、諏訪が、その悪趣味な提案をはじめたのは。
「遊ぼうぜ、堤」
 手のひらを振って諏訪は言った。
「は?」
「ログあとで消せるだろ。パス知ってんだろ?」
「知ってます、けど」
「俺いっかいやってみたかったんだよ。おまえ俺を殺したり刻んだりするの面白いと思わねえの?」
「は?
 もう一回言った。諏訪はただ笑っているばかりだった。意味がわからないと思った。
「あとはそうだなあ、データをいじって俺を女にするとか。できるんじゃねーの堤くん、オペレーター上がりだろ」
「……もう忘れました」
 オペレーターをなんだと思ってるんだと思いながら大地はなんとか返事をした。けれど大地は諏訪の携行品だった。諏訪がやりたいと言うなら従うしかない存在だった。だから大地は模擬戦闘室に入った。
 そもそも、模擬戦闘オペレーションの職についたのも、諏訪が金を欲しがったからだった。最初のアルバイトだ。
 アンタは呑みすぎなんだと思いながら、煙草代だって馬鹿にならないだろうと思いながら、いいですよ俺が教えますからと言った。この人に誘われるまでは前線に出るつもりはなかった。前線に出られるセンスも肝もないと言われていた。この人に会うまではの話だ。
 堤大地はやさしいだけの人間ではない。いまは大地はそれを知っている。
「模擬戦闘オン」
 何が変わるわけでもない。諏訪はそこに立っている。へらへらと笑って、ジャケットのポケットに指をつっこんで、行儀悪い姿勢で立っている。なんでこの男がそんなに好きなんだろうなあと大地は思う。でもやっぱり諏訪洸太郎は残酷なほどに、大地にとってカッコイイのだった。
 オペレーションルームから出て模擬戦闘室に入った大地に、にこにこと諏訪は話しかけてきた。
「なんかねえの、堤」
「なにか、って」
「俺のちんこ切り落とすとか。その下に穴開けるとか」
「えぐいこというのやめてくださいよ。楽しいですか、それ」
「穴が増えて楽しいんじゃねえの」
「楽しくないですよ……」
「なんかしろよ。なあ。好きなところに穴をあけてさ、そうじゃなけりゃ、好きなところを切り落として」
 ふと諏訪が言葉をとめた。困ったように笑った。オレはこの人のこの顔が好きだなと大地はぼんやり思った。諏訪は大地の頭をぐいと引き寄せ、ぽんと肩に抱いた。そのときようやく、大地は気づいた。
「悪かった。いじめすぎた」
 泣いていた。
 諏訪がなんの話をしているのか、大地は理解していた。理解しているつもりだった。同じことをやれと行っていたのだった。件のミスター黒トリガー氏と同じことをやって、諏訪を支配しろと諏訪は言っていた。たぶん。たぶんそうだった。そしてそれをやってやることができなかった。大地にはどうしてもできなかった。指が震えた。大地は声を殺して、けれどいまや泣きじゃくっていた。こわかったんだ、そう、声にならない声で呟いた。
 オレは永遠にアンタがあんな目に会い続けるところを見続けるだけだとしてもアンタのとなりにいなくちゃならなくてそいつはちょっとけっこうつらい仕事なのにオレはそれをやめないんだ。
「換装を」
「なに?」
「換装を、解いてください。諏訪さん」
 諏訪の肩に頭を沈めたまま、大地はくぐもった声で言った。
「生身に戻らないと抱きません」
 はは、と諏訪は声を立てて笑った。大地をとんと押し返した諏訪が、無言で部屋を出て行く。模擬戦闘を終了しました、という声が響いた。戻ってきた諏訪は、私服で、それを知ってはいたのだけれど大地は笑ってしまう。アロハシャツだ。アロハシャツ?
「服の趣味悪いですよね」
「こっちがいいって言ったのおまえだろ」
「言いました。カッコイイです」
「そればっかりな」
 大地は模擬戦闘室の床にべったりと座り込んで、諏訪を見上げていた。諏訪がゆっくりと身をかがめた。降りてきた。唇があった。唇は温かかった。このからだは痛みや快楽を感じるのだと思った。
 痛みや快楽を感じる体が存在することを確かめたかった。
 シャツのボタンをはずした。からだをさらさらと撫でた。はは、と諏訪がまた笑った。「くすぐったい」
「くすぐってます」
「くすぐってーよ堤」
「そうしてますから。転がってて」
「はいはい」
「はいは一回で」
「やだよマジみたいじゃねーか。大地」
「……なんですかやめてくださいよ。はい」
「やる」
 ポケットをさぐった諏訪が、差し出してきた。コンドームをふたつと、ミニパック入りの。
「……なんで、持ち歩いてる、んですか」
「備えあれば憂いなしって言うだろー」
 ……ミニパック入りの使いきりローション。
 はあ、と大地はため息をつく。そうして流されているふりをしていて、そのくせ大地がそれを望んだということからはもはや逃れられなかった。シャツのすそから手を差し込んで体をさぐりながら、ジーンズをゆっくり引き下ろした。オレたちはいまずいぶんいろんなことをゆっくりと行っているなと大地は思った。確認する、みたいにして。
 ローションをとろとろと指にこぼした。てのひらのなかで、丁寧にほぐすようにして、温めた。それがまったくなにも傷つけない魔法のような手つきで、温めた。つけるタイプの魔法だ。ふとそう思い、大地は声を出さずに笑った。尻を上にむけて硬い床に転がった諏訪には大地の顔は見えていないし、大地が笑っていることもわからないだろう。
「堤」
「はい」
「早くー」
「いまからいれます。ゴム足りないんで生の指ですけど」
「コーちゃん生好きですよ」
「コーちゃんはビール派ですしねえ」
「ゴムなしでもいいよ全然」
「よかないですよ不衛生な」
「いれてください」
「いれます」
 いれた。
 んん、と諏訪は声を漏らした。慎重に指を進めていく。なかをぐるりとかき回していると、諏訪は、あー、と、ほとんどマッサージでもうけているような声を出した。色気が何にもない。なんでこの男がこんなに好きなんだろうなとまた思った。なんで男の背骨と腰と尻の穴を眺めているだけで大地は勃起しているのだろう。諏訪さんはちょっと細すぎるなあ、ちゃんとジムに通わせたほうがいいなあとぼんやり考えながら指を増やした。
「あ、あ、だいち、いい、それ」
「いいでしょう」
「うん」
「よくなってください」
「うん」
「頭ん中俺だけにしといてください」
 失言だった。
 はは、と諏訪は再度笑い、意味が通じてしまったことを大地は後悔した。あんたの、ざくざくにされた頭ん中を、俺でいっぱいにしといてください。頼むから。全部。
 完全にリラックスしているせいで諏訪のものはまったく萎えている。大地はそれを手に取り、刺激を与えた。裏からなぞって効率よく勃てた。
「大地、それ」
「いいんでしょ」
「おかしくなる……」
「なってくださいよ。はやく」
「りょうほう、きつい」
「きつくしてます」
「はやくいれろよ」
「まだです」
「しんどい、大地、ちょっ、おまえ」
「ひどくしてます。諏訪さん。ひどくされたかったんでしょう」
「いい」
「うん」
 びくん、と大きくなるものから、手を離した。指を抜いた。そうするとほとんど勝手に、大地がおこなったこととは無関係に、だらだらとした射精があった。は、は、は、と諏訪は喉で息をついていた。それから、笑いを含んだ、かすれた声が漏れた。
「だいちいまなにしてんの」
「つけるタイプの魔法つけてます」
 ぶ、と諏訪が吹き出した。「ゴム?」
「ゴム」
「いらねーっつったろ」
「やですよ不衛生な、腸炎なりますよ」
「なんの?」
「きたねーのに」
「大地クンから出てきたものならなんでもほしいっすね」
「可哀想ですね」
 いれますよ、と言った。どうぞ、と言われた。入れた。ぎゅうと絡みつくなかにいれた。ぎゅうぎゅうと搾り取られる感覚に呻きながら腰を動かした。あいかわらず諏訪は色気のない声ばかり出していた。こんどはきつめに前をいじってやった。そうして悲鳴に似た声をあげさせながら、オレは搾取されるばっかりの人生だなと思った。オレはこの人に奉仕して搾取されてそればっかりの人生だなと思った。最高に気持ちが良いのでそれでいいと思った。アンタの穴サイコーなのでもうオレはそれでいいですよ一生。
 だからいまだけでもオレのことだけを考えてよ。


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