おまえの子供が産みてえなあ、と諏訪は言った。
 鳥の巣を見ていた。そこは路地裏で、鳥の巣はビルのずいぶん高いところにかかっていた。諏訪はそれを指差し、堤ほら、と言ってから、それをつくづくと見上げていた。ああそうですねと大地は言って、それからべつに巣はみずに諏訪を見ていた。なんなの、と諏訪はうろんそうに大地を見た。
「巣を見ろ、巣を。なんで俺を見てんだ」
「アンタが見たいんで」
「……そーすか」
 肩をすくめる。この人は照れると怒鳴るけれど、怒鳴れないほど照れているときは小声になった。大地が諏訪を褒めると、諏訪は、ンだよもう、と困ったように頭を掻いたりした。
「ガキがさ」
「え?」
「あんな高いとこに巣作って、ガキが落ちたらどうすんだろな」
「死ぬでしょ」
「死なせっぱなしか」
「そうなんじゃないですか。つか鳥って、おちたガキ、高さ関係なく、ほっとくことあるじゃないですか。よく知らないけど」
「ふーん」
 ふーんと平板な声で諏訪は言い、大地はふとむしゃくしゃした気分に襲われた。諏訪が傷ついているような気がした。ほかでもない大地が、諏訪を傷つけたような気がした。大地は、この人に、オレがガキの頃従兄に連れられていった森で鳥の卵を盗んだりしたことを話したらどうなんだろうと考えている。鳥の卵を盗んだり、罠をかけて雛鳥をつかまえて殺したりしたことを話したら、どうなんだろうこの人に。傷つくんだろうか。そんなやわな男だろうか。そんなやわな男ではないと思いたい気持ちと、そんなやわな男でいてほしいという気持ちが錯綜して、よくわからなくなっていた。
「ガキ育てるなら高層マンションはダメだなやっぱ」
 つくづくと巣を見上げていた諏訪が、ほとんど、しみじみと、と言いたいような口調でそう漏らす。その結論なのかよと思いながら大地は、なんとなく今度は自分が傷つけられたような気がした。誰のガキだよ。誰と誰の間の。
 人間が死なない体に変身することができる世界で男が子供を産めないのはつじつまがあわない気がした。
「アンタどうせ高層マンションなんか買えっこないでしょいまの年収じゃ」
「ランク上がろうぜ」
「つか、欲しくないんでしょうが」
「うん、戸建最強だな。落ちてもギリ死なねえだろ。たぶん」
「買うんですか、建てるんですか」
「その金こそねえだろ」
 そうしてそのだらだらとした話の流れで、あー、と声を漏らした諏訪が、「おまえの子供が産みてえなあ」と、世間話の続きの口調で言った。はい、と大地は、あまりにも急に言われたのでなんだかよくわからなくなって、はい、とだけ答えてから、はい? と言った。諏訪は笑った。困ったように笑って、「産みてえよ」と繰り返して言った。この人は馬鹿なんじゃないだろうかと大地は思った。馬鹿で、あるいは、天使なんじゃないだろうかと。そうですかと大地は言った。それ以外に言いようがなかった。困らせないで欲しいと思った。あんたに傷ついて欲しくなかったんだと思った。傷つけるために好き同士になったはずではなかったはずだったのに。
「家買おうぜ。ランク上げて。収入増やして。なんならA級になって。そんで学資貯金して」
 はい、と大地は言った。ほかになにを言えばいいのかわからなかった。ただでくのぼうのように、大地ははい、と言いながら、未来について、架空の未来について、現実にはならないだろう架空の未来について、語る諏訪を眺めていた。
「あんた可哀想ですね」
 こらえきれずに大地がぽつりとそう漏らすと、諏訪は慈母のように笑って、
「そいつは言わねえ約束だよ」
 と言った。


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