「行っちゃったぜ」
 電車の音が十分に遠ざかるまで、当真は声をたてなかった。透が引きずり寄せて抱き寄せて抱きしめて唇を奪ってそれだけのことをする間全部、するがままにさせていた。最終電車から引きずり下ろして駅、どこだか知らない遠い場所の駅だ。
 どこだか知らない、なんて欺瞞だった。本当はそこには住んでいる人がいて地名がついていた。きちんとそこはどこかだった。にもかかわらず透は、ここが世界のどこでもない場所ならいいと思っていた。どこでもない場所に当真を引きずり出してそうして自分ひとりのものにしたのだと、そう思いたかった。
 そこはどこでもない場所などではない。けれど透はそこを、どこでもない場所と呼んだ。呼ぼうとした。
「……そうだな」
 まだ当真から体を離さないでいる透が小さく言うと、はは、と当真は声を立てて笑った。
「そうだな、だとよ」
「共犯だ」
「はぁ?」
「振り払わなかったのはあんただ。だから共犯だ」
 は、と当真は笑い、透の後ろ髪をぐいと引っ張った。当真の肩に頭を埋めていた透の頭が引き上げられた。キスをした。もう一回。さっきより深いキスだった。
 今日が永遠に終わらなければいいと思ったんだ、当真さん。
 陳腐な話だった。はじめてのデートをした日が終わらなければいいと、どこにもない場所へと行きたいと、そうしてそちら側が現実だと、言いたがるなんて愚かだった。にもかかわらずふたりはそこにいて、終電を見送ったあとの深夜の無人駅にふたりでいて、スポットライトを浴びてふたりきりで、くりかえしくりかえし、キスを交わしているのだった。
「……俺らがここでこうしてる間に三門市壊滅してたらどうするよ、優等生」
 キスの切れ切れに、ごくささやかな声で当真が言った。
「あんたはどうなんだ」
「へでもないね」
「俺は」
 言葉を見失った。見失った言葉は相手の唇の向こうに探し出せば良かった。それだけでよかった。



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