うわあバナナの皮だ、ああいうの捨てる人ほんとうにいるんだね、歌川あれ拾って捨ててきて。ぼくはいやだよ虫でもついてたらどうするの気持ち悪い。
 言われるままに拾って捨てて、そこは公園である。夕暮れの、子供はだれもいなくなったあとの公園に、菊地原と連れ立って来ている。どうしていつもいつもいつでもこの男といるのだろうといまだに遼は思うのだけれど、それはもう友人だからという理由で良いのだろうと思うことにしていた。たぶん親友と呼ばれる関係、そうなのだろうと思う、たぶん、そうなのだろう。誰のことも好きだとはいわない菊地原が、遼に対してだけはいっしょにいたがるのだから、そういうことでいいのだろう。たぶん。
 言われるままに拾って捨てて、言われなくてもたぶん遼は拾って捨てただろうなとぼんやり思う。そういうところで遼と菊地原は一致していた。美しさに関する感覚とか、醜さに関する感覚とか、正義に関する感覚とか、そういうところで遼と菊地原は一致していて、そこまで見抜いた上で風間は自分たちふたりを選んだのだろうかと思う。風間の聡明は遼にはいまひとつそこ知れないところがあった。いずれにせよふたりは風間によって選ばれ引き合わされ、そうして菊地原は隣にいるし、皆がいうほどに菊地原といっしょにいることは、つらくもこわくもかなしくもなかった。
 かなしくはあったかもしれない。
 閉じ込められるような感覚がある。菊地原とふたりきりの関係に、閉じ込められていくような。風間隊という空間の中のさらに狭い場所に、どんどん閉鎖されていくような、そういう感覚はたしかにあった。
 けれどそれは遼にとってべつに嫌なことではなかった。
 菊地原はうるさい場所を好まないくせに、人間がわらわらといる場所を嫌わなかった。選ぼうと思えば放棄地域に踏み込んでしまえば虫の音しかしない静寂が広がっているというのに、そちらを歩き回ることを選ばなかった。遼が自宅に帰るまでの道筋を、選んで菊地原はついてきて、だらだらと小言や悪口を述べた。その内容はともかく、いずれにせよ菊地原は遼の隣にいたがった。
 菊地原自身は寮住まいだ。
 ボーダー付き男子寮の一室に、同級生の古寺と同じ部屋を与えられている。厄介払いされたんだよ、と菊地原は無表情で言った。ぼくは両親に嫌われてたから、サイドエフェクトってものがあるって医者に言われたとたんにとびついて診断をうけさせて、才能があるってわかったとたんボーダーに払い下げられたわけ、そう言って、でもいいんだよ、ぼくには風間さんがいる、と付け加えた。それは少し空恐ろしい感覚があると遼は思った。菊地原の風間に対する、残酷なほどの信頼と崇拝。
 風間さんはほんとうにもうちょっとしっかりしてほしいよね。特別なひとなんだから。そういう自覚ほんとうにあのひと、ないんだから。そう言いながら菊地原は、だれもいない公園を見渡していた。あそこに寄っていこう、と言ったのは菊地原だった。なんとなく今日は寂しくて離れがたい、と思っていたのは遼のほうだった。あるいは菊地原は、菊地原の精密な耳は、遼の感情のそういったブレさえどこかで感知して、遼の都合の良いようにふるまっているのかもしれないと、そうとすら思える一致だった。
 こういうところが俺たちは似ている。阿吽の像のように。だからきっと風間さんは。
 だから俺たちは最強のステルスチームになった。
 阿吽の像のようだから。
「風間さんってたぶん童貞だよね」
 思考は突然破壊された。ぐ、と遼は喉に息をつまらせた。こいつはなにを言い出すんだ。
「なんの話だ!」
「べつに。それで風間さんが馬鹿にされたりするのいやだから、歌川が女だったら風間さんとやってきてよっていうのにって思っただけ。……男同士でもいいんだろうけど。やる? 歌川」
「や、……やらない」
「なんで? 風間さんだよ」
「風間さんの問題だろう、それは」
「じゃあぼくがやろうかな」
「風間さんの問題だろう、って言ってるんだ、俺は」
「なんだよ」
 つまんないの、と言いたげな視線を向けて、菊地原は遼の手を取った。手を引っ張られて、ブランコに座らされた。ブランコのきいきい鳴る音が、遼には気にかかった。歌川にとってうるさいということではない。菊地原にとってどうなのだろうと思ったのだ。きいきいと鳴る音は不愉快ではないのだろうか。そう思ったとき、菊地原は遼のひざに、すとんと頭をおとした。
「……やっぱりそうだ」
「なにが?」
「あのさ」
「うん」
「じゃあさ、歌川、ぼくとセックスしない?」
「は?」
「しようよ」
 すとんと頭を遼のひざにのせて、膝を地面につけて、膝が汚れると言ってどうせあとから嫌がるのだろうに膝をぺたりと地面につけて、菊地原は言った。
「やっぱりそうだよ。歌川といると、歌川の音しか聞こえない。それでさ」
「……なんだよ」
「ぼくは歌川が好きだな」
「は」
「知ってるでしょう、ぼくは歌川が好きだよ」
 菊地原の手がチェーンをつかみ、きい、と鳴らした。菊地原の耳には轟音のように響いているだろうその音を、菊地原はわざと鳴らした。悲鳴のように。
「永遠にみんなこのままでいられたらいいけどそういうわけにもいかないからぼくたちはセックスをするべきだ」
 その一言をとても長く、菊地原は言った。
「これはぼくと歌川の問題だよ。ほかのだれの問題でもない」
「……そう、だな」
「ぼくは人間なんて気持ち悪くて一生しないと思ってたけどぼくがそうで風間さんがばかにされるのはいやだし」
「うん」
「歌川ならいい」
 きい、きい、きい、きい。
 菊地原の耳にはなにが聞こえているのだろう。つねになにが聞こえているのだろう。公園は静かだ。静かに思える。遼にとっては静かに思えるその場所で、菊地原は遼を聴いていると言った。そして遼を聴き続けることは、菊地原にとって救いだと。
 たしかにそういったのだと理解したと思った。
 遼は菊地原の、縋るように遼のひざにおちた頭を撫でる。つるつるした髪を撫でる。閉じ込められる感覚がある。でもそれはべつにいやじゃない。俺のそばに菊地原士郎がいる。つねに。
「……大丈夫だ」
 そう答えると、菊地原は、喉をかすかに鳴らすだけの笑みをこぼし、「なにそれ」と言った。



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