あのね、キスしたじゃん、近界でさ。覚えてる? 寝ぼけてたから覚えてないかもしれないと思ったんだけど。あれさ、ぼくはじめてのキスだったと思うんだよ。そりゃ赤ん坊のときのことなんかはわかんないけどさ。でもぼくをそういうふうに可愛がってる人ってたぶんいなかったんじゃないかな。いまでもいるかっていわれたらいないんだけどさ。歌川はべつにぼくにキスしたくないでしょう。ぼくからしたわけだし。ぼくからしたんだよね。あれどうしてしたのかわかんない。こわかったとかビビってたとかそういうことじゃないことだけはわかってほしいんだけど。わかってほしい。わかる? ぼくはべつにびびってたわけじゃなくて、ただ、あのときも言ったけど、そうだな、そう、ただ、自分の体がどこにあるのかわかんなくてさ、それで、歌川に、たしかめてほしかっただけ。歌川の心臓の音が聞こえてた。歌川はここにいるんだなあって思った。それでさあ、ぼくはあのときすごく、歌川のこと、かわいそうだなあって思ったんだよ。なんでだかわかんない。でもさ、近界みたいなところに行ってさ、あのさぼく思ったんだけど、近界ってぜんぜんこっちがわと変わらない、同じ、全部、同じに思えた。同じだったからさ、人間がいて、動物がいて、草が生えてて、みんな生きてて、音がして、うるさくて、どこにいったってうるさいのかわんなくて、全部同じでさ、そういうところにいてさ、
 歌川は人間を殺したわけじゃん。
 こっちとぜんぜん変わらない場所で、ぼくたち人間を殺したわけじゃん。そういうのがさ、ぼくはいいよ、ぼくは風間さんがいないとたぶん生きていけなかったし生きている意味わかんなかったからそれでいい、でも歌川はそうじゃないだろって思ってさ、風間さんはひどいひとなのかもしれないってぼくははじめて思ったよ。歌川はボーダーなんかに来てさ、ぜんぜんふつうの場所でしかないただ近界って呼ばれてるだけの同じ風景のなかでひとをひとり殺してさ、ぼくといっしょに殺してさ、風間さんと殺すのはぼくはぜんぜん平気だったのに歌川もそこにいて、ぼくの特別になっちゃってさ、ずっと歌川はぼくの特別でさ、だからぼくは歌川にキスしたわけでさ、ぼくを捕まえられるのは、見つけられるのは、そこにいるって証明できるのは、歌川だけだと思ったから、だからキスをした。だから歌川はぼくをみつけてくれた。歌川しかいなかった。ぼくには歌川しかいないって、あのときわかってしまった。かわいそうだよね。かわいそうだったんだ。
 そういう話。
「歌川うるさい」
「ずっと黙ってたと思ったらなんだっていうんだ、なにも言ってないだろ」
「心臓の音うるさい。キス一回でいつまでドキドキしてんの?」
「……いつまででもだ」
「馬鹿」
 ぼくはもうずっと歌川に見つけてもらいつづけないといけなくて歌川はとてもかわいそうだね。


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