間違っているんだっけ?
 なにが正しくてなにが間違っていて、なにが叱られるようなことでなにが嫌なことなのか、わからなくなる。歌川といると、それらの全部はっきりしていたことがわからなくなって、どろどろになる。ふたりでいるとどろどろになって、そうしてどこまでも流されていけるしいきたいのに、どうやら歌川のほうは士郎ほどにはこの状況に溺れていない。いつも困ったような顔をして、そこに至るまでの場所でだらだらと時間を消費しているばかりだ。
「あのねえ」
「……なんだよ」
「段取りが悪い」
「は」
「やるならちゃんとやりなよ」
「……今日は、やらない」
 ならどうして手をつないだり髪を撫でたりするのだ。どうして自分の家の自分の部屋に上げて距離感が近くてそれなのに後一歩のところでとどまったりするのだ。間違っているんだっけ、という気分になってしまうじゃないか。間違ってなどいないのに。べつにそれでかまわないのに、間違っているんだっけ、という顔をしている、十字架をぶらさげたそういう職業の人みたいな顔をしている、歌川自身が困惑しすぎていて士郎まで困る。
 腹が立ったので、キスをした。
 士郎はキスがあまり好きではないのだけれど、粘膜のあつさが歌川なのだと思うとそれはそれで悪くないような気もしはじめていて、その程度に繰り返しているキスで、それ以上に進むことができないのは歌川の問題で、士郎は従順に待ってやっているのに待つ甲斐があまりにもなさすぎた。
 待つことにしたのは歌川が可愛そうだったからだ。選択の権利も与えられずに奪われてそうして士郎ひとりのものにしてしまうのが可愛そうだったからだ。違う。違うな、と不精不精士郎は認める。そうじゃない。選択の権利も与えられずに奪われた歌川がそうして士郎を拒絶するのが怖かったからだ。
「ぼくだって」
 士郎はちいさく笑っている。士郎は笑わない子供なのだけれど、それは昔からずっとそうで、世界中のいろいろがよく聞こえる限りにおいて士郎は笑うことができない子供なのだけれど、歌川とふたりでいるときは時々笑った。笑い方を知っていたのだなと士郎は思った。へんなの。
 歌川遼は特別な存在だからキスだってできるし士郎は笑うこともできる。
「ぼくだって怖いんだからさ、根性見せてよ」
「……馬鹿」
「誰に言ってんの」
 首に腕を回された。もう一度キスをされた。慎重な、歌川らしい、浅いキスだった。ああたぶんこいつ今日もなにもしないつもりだな、そう士郎は思う。ほとんど諦めた感覚で、でもそれは悪くはない感覚だった。守られている、みたいな感じ。ふたりきりでいれば歌川以外のなにも聞こえない。そういうことに守られている、という、感じで、それはちゃんと悪くないと思えた。
 どんどんと鳴っている歌川の心音がうるさいほどだから、ちゃんと士郎は歌川を奪えているのだった。


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