はじめて人間をころした。
 人型と呼んでいるけれど人間のことだとわからないほど愚かではなかった。強かったから殺された。それだけのこと。強かったけど風間隊にとって問題があるほどに強くはなかったし黒トリガーになることもできなかった気の毒な人型近界民が簡単に殺された。それだけのこと。死体が残ってそしてそれだけ。
 近界にはベイルアウトという機能がないのだということをとても他人事として士郎は考えている。死んだら死ぬだけなのだということを。そしていま士郎は近界にいるからベイルアウトという機能は実質的にないのだということも考えている。死んだら死ぬだけなのだということを。
 だから歌川遼にキスをした。
 歌川の口からは、当真がその日撃ってきて調理した、正体のわからない肉の匂いがした。反吐が出る、と士郎は思った。他人の口のぬるさと他人の口の匂い、他人の体に触れること、すべてが士郎にとってはアンタッチャブルだったはずなのに、反吐が出るのにそれでも、歌川の唇を奪わなくてはならなかった。三人で殺した。風間隊が人間を殺した。
 任務だから。
 べつに傷ついているわけじゃないと士郎は思う。こんなことちゃんとわかっていた。これは戦争なのだということ。戦争のための訓練をしているのだということ。戦争とは殺し合いのゲームでそれは勝ち抜き戦だ。そんなことはわかっていた。わかっていたから士郎は傷ついているわけではない。けれど体がどこか遠くにあるような気がした。
 歌川は、ぽかんと丸い目をして、士郎を見ていた。
「どうして」
 そう尋ねた。凡庸な男だなあと士郎は思った。凡庸すぎて新鮮でだから歌川は特別だった。歌川遼だけがそこにある肉体だった。風間は違う。風間は肉体じゃない。風間は士郎の思想だ。歌川遼は凡庸でそして士郎のとなりにいるから士郎は歌川を選んだ。
「ぼくの、からだが」
 士郎はつぶやいている。いつもどおりの緩慢な口調だし、声は震えてはいない。なにもかもを遠くから俯瞰するような、いつもの士郎の声だ。
「遠くにあるような気がするんだけど。歌川」
 腕を回した。からだがそこにあった。真っ暗闇のなか、近界の森の暗闇のなか、眠らないままで士郎は歌川の体を抱き寄せている。
「ぼくを、みつけてよ」
「……見つけている」
 非凡な回答だった。士郎はすこし目を見開いた。そして小さく笑った。まったくの闇夜だから士郎が笑ったことを歌川は知らないだろう。それでよかった。そのほうがよかった。だんぜんよかった。
「菊地原。おまえはここにいる」
 さやさやと風が鳴っている。ここは遠い世界なのにどうしてこんなにも知っているような場所なのだろう。今日人間を殺した。ぼくたちとまるで変わらない存在のように思えた。歌川ともろくに違わないように。どうしてだろう。ここは遠い世界のはずだったのに。
 もう一度キスをした。湿っていて不快でやっぱり士郎はそれが嫌いだった。


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